葬られた原発報道

拝啓 朝日新聞社長、渡辺雅隆さま 「記事の削除要求」にお答えします(10)

2019年12月19日10時35分 渡辺周

(読むために必要な時間) 7分30秒

連載「葬られた原発報道」の記事に対し、朝日新聞社から「記事をただちに削除するように」との要求が私あてに届きました。連載はまだまだ続きますが、今回は公開の場で、朝日新聞社の渡辺雅隆社長に対し、私の見解をお伝えし、インタビューを申し入れることにしました。

「要求は固くお断りします」

渡辺雅隆さん、お久しぶりです。

最後にお会いしたのは2014年9月、神楽坂のバーで偶然出くわしたときですね。あのときは原発の「吉田調書報道」を朝日新聞社が取り消した直後でした。あなたはまだ労務やコンプライアンスなどを担当する役員で、私は朝日の特別報道部員でした。

あれからお互い立場が変わりましたが、お元気ですか。

こちらは小舟ながら仲間と支援者に支えられ、独立・非営利のジャーナリズム組織として前進しています。

さて、2019年11月28日付で朝日の広報部から、「葬られた原発報道」で掲載した記事の一部内容に対して「削除要求」が届きました。私の回答は以下の通りです。

── 朝日新聞社の要求は、固くお断りします。なぜこのような、自分たちの手足を縛るような要求書を送ってきたのか。その真意を確認し報道するために、渡辺雅隆社長に取材を申し込みます。──

朝日の「削除要求」の中身

広報部によるワセクロへの記事削除要求の内容については、社長のあなたはご存知でしょうが、念のためご説明します。

削除要求の対象は二つあります。

一つ目の対象は、ワセクロが2019年11月11日にリリースした「葬られた原発報道」の6回目「幻の紙面が問うた『福島第一原発事故の宿題』」の中の記述です。

私たちは朝日新聞が掲載しなかった吉田調書報道の「幻の詳報記事」を入手し、報じました。朝日新聞社は、2014年9月11日に吉田調書報道を取り消す6日前まで、「取り消し」ではなく詳報記事によって、読者に説明責任を果たそうとしていたのです。

その「幻の詳報記事」には、吉田調書報道の目的を書いた特報部長の解説や、事故当時の福島第一原発の所員の声が載っています。

ところが、朝日新聞社は、その記事から「幻の詳報記事」の部分を削除しろ、というのです。

朝日新聞社が主張する削除要求の理由は以下の通りです。

── (1)当該の記事は社内で検討した結果、読者への説明として適切ではないとの判断に至り、掲載を見送った

(2)未公表の取材結果や記事を漏洩(ろうえい)した者の行為はジャーナリストとしての重大な職務倫理違反に該当する

(3)上記(2)の行為は、朝日新聞社の就業規則や記者行動基準にも違反。記事作成当時に朝日の特報部に在籍した渡辺周が、ワセクロに記事を掲載したことは極めて遺憾 ──

二つ目の対象は11月12日リリースの7回目「『危機管理人』の登場」です。私たちは、朝日新聞社が2015年度で使う予定だった会社案内の中身を手に入れ、それを記事で報じました。

会社案内には、吉田調書報道をスクープした記者2人が写真付きで掲載されていました。会社案内のゲラは2014年8月28日に2人に届いており、吉田調書報道を朝日が取り消したのはその2週間後です。あっという間に「会社案内にも載るヒーロー」を「記事取り消しの戦犯」にした証拠なのです。

しかし、朝日は以下のように主張し、会社案内の記述も削除するよう要求しています。

—「未公表となった朝日新聞社の会社案内の草稿の一部が無断で掲載されています。これについても、ただちに貴サイトから削除するよう求めます」—

以上が朝日の広報部から送られた削除要求の中身です。

「印象」で記事を取り消した朝日

次に、私が朝日の「幻の詳報記事」を掲載した理由をご説明します。

朝日新聞社が吉田調書報道を取り消した理由はこうです。

—「所長命令に違反 原発撤退」という表現が、読者に対して「東電社員があたかも逃げ出したのような印象を与えた」—

しかし、朝日はいったいどうやって「読者の印象」を分析したのでしょう。朝日は明らかにしていません。

ただ、これだけはいえます。読者に誤った印象を持たせたというのなら紙面で説明するべきだ、と。

実際、朝日はそれを実践しようとしました。

詳報記事を出そうとしたのは計4回、最後は吉田調書報道取り消しの6日前だったことは、本欄5回目の「『功名心』が封じた続報」でお伝えした通りです。

朝日が今回削除要求を求めているのは、その際に封じた「幻の詳報記事」です。

この「封じた幻の詳報記事」は、読者に対して真摯(しんし)な内容です。

特報部長だった市川誠一さんは、吉田調書報道の目的について署名入りの「解説」でこう書いています。

「報道の目的は、過酷事故のもとでは危機対応に必要な作業員が大量にいなくなることもあり得るという現実を直視し、組織・体制のあり方を根本から練り直す必要があることを問いかけることにあります」

原発事故を経験した日本社会では共有するべき内容です。実際、ワセクロには読者からこんな声が続々と寄せられました。

「原発事故の教訓がよく伝わった」

「封じた幻の詳報記事」には、第一原発の所員たちによる「所長の命令が伝わっていなかった」という証言も載っています。

これは、朝日新聞社が吉田調書報道を取り消した理由を知る上でとても重要です。

もし本当に「東電社員があたかも逃げ出したかのような印象を読者に与えた」ことが取り消しの理由ならば、「封じた幻の詳報記事」を掲載し当時の第一原発所員たちの声を伝えればいいのです。

「第一原発所員の声」を掲載しなかった朝日

ところが朝日は第一原発の所員たちの声を掲載しませんでした。

なぜか?

私は朝日が吉田調書報道を取り消した真の理由は別にあると考えます。

ジャーナリストの池上彰さんの朝日新聞でのコラムを掲載しなかった事件が起こりました。このことへの批判をかわすことが目的だったのです。つまり、吉田調書報道を「生贄(いけにえ)」にしたのです。

詳しくは、連載3回目「圧倒的に池上コラム」、4回目「朝日新聞『記者会見』のウソ」をご覧ください。

朝日が政府の広報機関になるなら別ですが

広報部の削除要求では、ワセクロが朝日の未公表の詳報記事を報道したことについて「漏洩」ととらえています。その上で、「ジャーナリストとしての重大な職務倫理違反」であり、「朝日新聞社の就業規則や記者行動基準に違反する」と断定しています。

しかし、ワセクロという独立したジャーナリズム組織にとって、朝日は取材・報道の対象です。社会に必要な情報と判断すれば報道します。

私は朝日の社員でもありません。たとえ社員であっても、組織人ではなくジャーナリストとしての倫理を優先するならば、他メディアを使って報道することすら何ら問題はないと考えます。

お聞きしたいのは「朝日新聞は取材対象の内部情報を報じたことはないのか」ということです。

そんなことはないですよね。

これまで朝日が探査報道の成果として放ってきた数々のスクープは、取材対象が隠している内部情報を暴いたものです。それらを「漏洩」と呼びますか?

漏洩と呼ぶのは「不都合な事実を暴かれた側」が使う言葉です。

未公表の会社案内をワセクロが報じたことについては、「無断掲載だ」という理由で広報部は削除を要求しています。

これも同じような質問ですが、朝日は取材対象の許可がなければ何も報じないのですか?

そんなことないですよね。

例えば朝日は「桜を見る会」に安倍晋三首相の事務所が関わっている証拠として、事務所からの参加案内を報じました。朝日は安倍首相に「報じていいでしょうか」と許可を取ったのですか。

ワセクロの今回の報道に対して、このような削除要求をしてくるようでは、現場は取材できません。内部告発者が、組織から糾弾(きゅうだん)されるリスクを冒して情報を提供しようとしても、こう判断されることでしょう。

「朝日は、自分のことを組織を裏切って情報を漏洩した人間だとみなすので、提供はやめておこう」

そうなれば、探査報道はできません。もちろん、朝日が探査報道はあきらめて、政府や大企業の広報機関になるなら別ですが。

朝日社長への取材、12月26日正午までにお返事を

今回の「削除要求」について、渡辺社長にお聞きしたいことがあります。ぜひインタビューさせてください。

12月26日正午までにお返事をください。

私たちの「葬られた原発報道」は、まだまだ続きます。

原発事故に対してジャーナリズムが果たした役割を検証することが、次々に再稼働していく原発に不安を持つ人たちへの説明責任だと思うからです。私たちも原発事故の取材を続けます。

=つづく

葬られた原発報道一覧へ