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コロナウイルスの感染拡大を機に、フィリップモリスは加熱式たばこ「IQOS」の販売攻勢をかけていた。メディアを使っての広告攻勢だ。
前回は朝日新聞と読売新聞に掲載された広告を紹介した。その勢いは地方紙にまで及んでいる。
例えば高知県で86%のシェアを誇る高知新聞には、5月16日、こんな広告が載った。(注1)
「高知でもIQOSにする人、増えちゅーぜよ! 」
土佐弁で、紙たばこからIQOSに切り替えた人が増えたことをアピールするきめ細かさだ。
広告では、IQOSを14日間無料で貸し出すプログラムについても宣伝している。
「すでに約23万人がレンタルしたぜよ。」
「さあ、おまさんもIQOSを試してみいや! 」
他の地方紙も調べるとやはり方言でIQOSを宣伝している広告が見つかった。
「栃木でもIQOSにする人、増えてっかんな!」(下野新聞5月16日付)
「福岡でもIQOSにする人、増えとるけん!」(西日本新聞5月17日、24日付)
「熊本でもIQOSにする人、増えとるごたる!」(熊本日日新聞5月17日、24日付)
掲載日はいずれも、政府による緊急事態宣言が出ている最中だ。喫煙者が新型コロナウイルスを発症すると重症化しやすい。それにも関わらず、外出自粛中の喫煙者に焦点を当てた広告攻勢をかけている。
ではなぜIQOSを吸う人が「増えている」のか。IQOSは安全だというのだろうか。
紙たばこよりゆるい注意書き
飲食店で働く30代の男性は「健康に害がないし、副流煙で周りの人に迷惑をかけない」と紙たばこから切り替えた。
そのように思ったのには、理由がある。IQOSの宣伝文句だ。
例えば新聞広告には「本製品にリスクがないわけではありません」という注意書きがついている。さらにIQOSのパッケージには「あなたの健康への悪影響が否定できません」とある。
これは、紙たばこの注意書きと比べてかなりゆるい。紙たばこは「たばこの煙は、周りの人の健康に悪影響を及ぼします」と断言している。「IQOSに健康リスクがあるにしても、紙たばこよりは低いのだろう」と喫煙者が受け取って当然だ。
だが本当に、IQOSは紙たばこより健康リスクが少ないのだろうか。フィリップモリスの本社があるアメリカでは、公衆衛生学の専門家らがある判断を下していた。
【パッケージ文言の違い。左:加熱式たばこ、右:紙たばこ】
委員全員「ノー」
アメリカでIQOSの販売が許可されたのは、日本より4年半遅い2019年4月のことだ。アメリカの政府機関FDA(米食品医薬品局)が許可した。
本家本元のアメリカでの販売許可を受け、フィリップモリスインターナショナルのアンドレ・カランザポラスCEOは「FDAの発表は歴史に残る画期的な出来事だ」「喫煙に替わる煙の出ない選択肢を提供できる」とコメントを出した。
しかしFDAはIQOSの販売許可を与えた際、「リスク低減たばこ」として売ることは認めなかった。煙が出ないからといって、健康への悪影響が少なくなると宣伝することは許さなかったのだ。
健康へのリスクが減るか審議されたのは、2018年1月のことだ。FDAやフィリップモリスをはじめ、政府、大学、たばこ産業、研究機関などから、200人を超える人々が参加した。
2日間の議論の末、最終的な審査を担ったのは9人。議長を務めたフィリップ・P・ファン医師は、ハーバード大学で公衆衛生学を学び、政府保健局でたばこ予防局長を務めた経験もある。審査員はほかに、たばこ分野に詳しい大学教授らと、一般市民からの代表者も加わった。
1人が棄権したため、8人が審査にあたった。8人の委員全員の判断は、「ノー」だった。IQOSを「リスク低減たばこ」として認めなかったのである。
フィリップモリスは資料を追加しながら、「リスク低減たばこ」としての申請を続けている。だがいまだにFDAの認可は下りていない。
日本では、新聞広告などで紙たばこよりも害が少ないと思い込み、紙巻きからIQOSに切り替える人が多い。日本で販売が始まって2年が過ぎた2016年末には、世界の売り上げの9割を日本が占めた。
この状況に警告し続けているのは、大阪府立病院機構大阪国際がんセンターの田淵貴大医師だ。日本公衆衛生学会や日本癌学会などではタバコ対策専門委員を務めてきた。
「喫煙者は、紙巻きより安全だと思わせてくれる広告に食いつくに決まっている。広告が欲しい新聞社もそれに加担した。しかし、紙たばこに比べてIQOSは安全だとは言えない。このままでは犠牲者が生まれ続けてしまう」
=つづく
(注1)高知新聞営業局によると、2017年6月時点での高知県内でのシェアは173,872部で86.89%とある。
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