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この抗がん剤を使えば、乳がんの再発リスクが30%減る──。乳がん患者にとっての朗報が、世界一流の医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』に掲載された。抗がん剤の名は中外製薬の「ゼローダ」。日韓の医師が、900人の患者を対象に臨床試験を行ったとしている。
しかし私たちは前回までで、その臨床試験が初めから中外製薬の紐付きだったことを暴いた。大きなカネが、NPO法人を通じて中外製薬から医師グループに流れ込んでいたのだ。医師グループは、中外製薬からのカネが入っていることを論文で申告せず、公にしなかった。
そのNPO法人は「先端医療研究支援機構」(ACRO=アクロ)である。ACROが紐付き資金の隠れみのに使われていた。
「紐付き」示す経理資料や銀行通帳
(写真上)ACROの銀行通帳のコピー。「チユウガイセイヤク」の入金は臨床試験「JBCRG04 」に使うことを示す手書きのメモがある(写真の一部を加工しています) (写真下)ARCOの「収支明細表」に記載された中外製薬からの「寄付金額」
中外製薬がACROに流したカネについて再度確認しておこう。
上の写真と表を見てほしい。私たちが入手したACROの銀行通帳のコピーと収支明細表だ。さらに私たちはACROの普通預金出納帳も手に入れた。つまり、帳簿だ。
収支明細表、銀行通帳、普通預金出納帳の三つの経理資料がピタリと一致した。この三つの資料から、中外製薬の資金が臨床試験に紐付いていたことを示した。詳しくは、第4回「動かぬ証拠」と第5回「銀行通帳に『チユウガイセイヤク』」に書いた。
ところが、中外製薬は私たちの問い合わせに対し「紐付き資金」ではないと反論する。
「ACROからの寄付申込に対して、ACRO全体の活動に賛同し寄付を行いました」(*1)
つまり、自社の抗がん剤ゼローダの臨床試験に紐付けてACROに資金を投入したわけではない、ACROの様々な活動全体に対して寄付をした、ということだ。
ACROを訪ねてみることにした。
ピンクの洋館
登記簿に記載されたACROの住所を訪ねるとピンク色をした建物があった=2019年12月9日、埼玉県久喜市内
ACROの正式名称は、「特定非営利活動法人先端医療研究支援機構」という。登記簿では、事務所の住所が埼玉県久喜市になっている。
東武伊勢崎線の久喜駅から徒歩5分。住宅街の中にその建物はあった。
ピンク色の2階建て洋館があった。事務所というよりは一般の住宅だ。
「ACRO」の表札もない。中に人がいる気配もない。
近所の住民たちに「これはACROの事務所ですか」と聞いてみた。
「さあ。この辺は住宅街ですからねえ」
「この家に人が出入りするのを見たことないですよ」
耳寄りな情報は得られない。
あきらめて駅へ引き返そうとした時、配達員が隣の家の前にいた。配達員は答えた。
「そうです、ACROの事務所です。この夏までは人がいたんですけどね。今は建物を管理する人が週に1回来るくらいですよ」
このピンク色の洋館が、ACROの事務所だったことはわかった。
しかし、今はどうなっているのか?
そもそもこんな無人の建物が、中外製薬が「活動に賛同して」億単位の資金を寄付していたACROなのだろうか?
もう一つ手がかりがあった。ピンク洋館の郵便受けに、東京の経営アドバイザー会社の名前を記したステッカーが貼ってあったのだ。
私たちはその会社に電話した。
活動休止、そのわけは?
電話で分かったことは、その経営アドバイザー会社がACROの事務局を請け負っているということだった。担当者の男性は不在だったが、3日後に電話がかかってきた。
その担当者によると、ACROは活動を休止しているということだった。その担当者自身、2年前からACROの手伝いをしているくらいで、「事務局」といえるようなものではないという。
ワセクロのシリーズ「隠された乳がんマネー」は読んだが、シリーズの中の写真に出てくる経理資料はACROのロゴが使われているので、「本物の経理資料なんだろうな」という程度の感想だったという。
私たちが、ACROのホームページにアクセスしたところ、2020年2月17日午後12時38分、「403 Forbidden」となった。つまり、ホームページがなくなった、ということだ。
活動の実態もなく、ついにホームページも閉じたACRO。
ACROとはどんな組織なのか。
私たちは、ある「事件」がACROで起きていたことを突き止めた。
ACROの消されたホームページ。しかし過去のホームページはアーカイブ化されていて、今でも閲覧できる
(敬称略)
=つづく
【脚注】
*1 2019年12月4日回答。
【関連データベース】
マネーデータベース「製薬会社と医師」
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