隠された乳がんマネー

5億2000万円の横領を警察には届けなかった(7)

2020年02月20日12時05分 渡辺周

(読むために必要な時間) 2分50秒

乳がん患者の再発リスクが劇的に減るという結果を示した抗がん剤「ゼローダ」の臨床試験。その臨床試験に、製造・販売会社の中外製薬のカネが紐付いていた。そのカネは埼玉県内に所在を登記している「先端医療研究支援機構」(ACRO=アクロ)というNPO法人を経由した「迂回(うかい)資金」だった。その額は、私たちがつかんだだけでも、1億3400万円。

ところが、私たちがそのNPO法人を訪ねてみると、誰もおらず、休眠状態だった。ホームページも閉鎖された。

いったい、何があったのだろうか? それを紐解くためには、11年前の事件に触れる必要がある。

製薬会社からの寄付金が原資

ここに、ACROから東京都生活文化スポーツ局都民生活部管理法人課に提出された文書がある。

タイトルは「顛末(てんまつ)報告書」。ACROの会計を委託している業者による横領が発覚して、NPO法人を所管する東京都に、事の次第を報告した文書だ。

文書は2009年6月9日付。同課が10日後の6月19日に収受した印鑑が押されてある。

報告書の内容は以下のようなものだ。

  • ・ACROの会計を委託している業者による横領が、2009年3月11日に発覚した

    ・横領は2002年に始まり、2009年2月まで。横領額は計5億2140万4620円

    ・業者はACROから横領したカネを自社の資金繰りに充てていた

    ・関係者には事態を明らかにし、再発防止策を講じた上で、お詫びと協力を求める

    ・横領した業者には、最大限の被害弁償を求めることを優先するが、刑事責任の追及を放棄しない

ACROが横領された5億2000万円超の原資は、主に製薬会社からの寄付金だ。ACROは「刑事責任の追及」まで検討している。

ところが──。

ACROの関係者によると、ACROはこの横領を警察には届け出なかった。

ACROが東京都に提出した文書

「臨床試験への紐付き寄付がバレてしまう

この関係者は、当時のACROの判断についてこう語った。

「当然、寄付元の製薬会社もこの横領は知っていますが、警察の捜査が入れば臨床試験への紐付き寄付がバレてしまいます」

「このことを製薬会社が恐れていたので、ACROも刑事告発はしませんでした」

この横領の顛末を記した報告書が東京都に提出されたのは、2009年。この「2009年」という年は、中外製薬の抗がん剤「ゼローダ」の効果を試す臨床試験の真っ最中だった。

NPO法人への「寄付」を名目にして、そのカネを臨床試験に紐付ける「仕掛け」が警察にバレることを避けた、というのだ。だから、億単位の横領が発覚したにもかかわらず、刑事告発は二の足を踏んだのだという。

そもそもACROというNPO法人は、臨床試験に製薬会社のカネがを絡んでいることを隠すための「隠れみの」にするために設立されたのではないか──。私たちはそんな疑いを持った。

私たちは、ACRO発足当初からの事情を知る関係者と東京・渋谷で会うことができた。

(敬称略)

=つづく

【関連データベース】

マネーデータベース「製薬会社と医師

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