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欧米に「追いつき追い越せ」。警察庁は100万人単位の「被疑者データベース」作成を目指した。
慎重な姿勢を崩さない日本弁護士連合会(日弁連)に対し、警察側はしゃにむに突っ走る姿勢を隠さなかった。
国家公安委員長の主催で、2010年から2年かけて開かれた「捜査手法、取り調べの高度化を図るための研究会」。この会で警察側は、DNAデータベース拡充に大きく踏み出したい意向を強く示した(*1)。
2011年6月21日に開かれた研究会で、警察庁はこう説明する。
- ー 警察のDNA鑑定では、DNAのうち身体的な特徴や病気に関する遺伝情報は使わない
- ー 現在の技術では、同じDNA型が他人でも出る確率は4兆7,000億人に1人だ
- ー「被疑者DNAデータベース」には、犯罪捜査の必要性があり、捜査過程で採取したものだけを登録する
さらに、研究会に出席したメンバーによると、頰の内側から綿棒を使ってDNAを採取する実演までしてみせた。採取する相手に苦痛を与えるものではないこと、きちんとした手続きで同意を取っていることをアピールするためだったという。
日弁連、「不起訴になったら抹消を」
委員会には、小坂井久弁護士ら被疑者の人権を守る立場から日弁連の弁護士が参加していた。小坂井弁護士らは、警察の説明に対して懸念を抱いた。
「外国はDNAデータベースの登録が多いといっても、例えば不起訴になったら削除することなどを法律で決めていて、歯止めがある。日本では、国家公安委員会の規則で定めるだけで法律のしばりはなく、恣意的に運用される恐れが強い」
例えば、ドイツでは殺人などの重要犯罪以外は捜査が終了すれば削除する。日弁連側は法制化すべき具体的な内容を紹介しながら、こう主張した。
- ー DNAデータベースは、法律を定めて(法制化)運用するべきだ
- ー DNAを採取するには、令状を取るべきだ
- ー データベースに登録するのは、強盗・殺人などの重大な犯罪や性犯罪に限るべきだ
- ー 無罪や不起訴になった時は、データベースからDNAの登録を抹消するべきだ
- ー データベースの運用は第三者機関が行い、被告弁護人も利用できるようにするべきだ
委員会には、警察庁の元刑事局長や警視庁の元捜査第一課長もいる。捜査する側と弁護する側で議論したが結論は出ず、2012年2月8日、「引き続き検討する」との最終報告を出した。ただ、「DNAデータベースを抜本的に拡充する」ことだけは決まった。
ところが、「引き続き検討する」ことの中で最も重大な文言は実現されないことになる。「法制化」だ。
「捜査手法、取り調べの高度化を図るための研究会」の「最終報告書」(2012年2月)。「法制化の是非」をめぐって議論されたことが記載されている
10ヶ月後に警察庁幹部がいったこと
国家公安委員長の研究会で最終報告が出てから10ヶ月。2012年12月25日に、小坂井弁護士はDNAデータベースについて、別の会議で警察庁と対峙する。法務省が主催する「新時代の刑事司法制度特別部会」だ。
小坂井弁護士は、10ヶ月前に公安委員長の研究会がDNAデータベースについて「法制化を検討する」という報告書を出したにも関わらず、警察庁が一向に前に進めていないことが気になっていた。警察庁の島根悟刑事企画課長に尋ねた(*2)。
「研究会の中で、最初は法定化を前提に警察の方でも取り組んでいらっしゃったのが、いつの間にかその方向がなくなった。やはりここはきっちり法律にすべき問題だ」
島根課長が答える。
「個人情報保護法制の基本的な考え方によるならば、管理・保有は合理的範囲で許されるものと考えており、そういう意味で現時点、法律がなければならないとは考えてはいないということをまず申し上げたい」
警察が、法制化の放棄を宣言したのだ。
実はその3ヶ月前、警察庁はある「通達」を出し、データベースの拡充に向けてアクセルを踏み込んでいた。
=つづく
【脚注】
*1 捜査手法、取り調べの高度化を図るための研究会「捜査手法、取り調べの高度化を図るための研究会 第16回会議(平成23年6月21日開催) 議事要旨」2011年6月21日。
*2 法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会 第17回会議 議事録」2012年12月25日。
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