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警察庁は2012年、「被疑者DNAデータベース」に歯止めをかけるための法律づくりをしなかった。日本弁護士連合会(日弁連)の弁護士たちは「DNAの採取は重要犯罪に限るべき」「不起訴になればデータベースから削除するべき」と、法制化を主張したが、無視された。
警察庁は100万人規模のデータベースを持つ諸外国に追いつこうとしていた。この年、警察庁は、ある通達を出した。
通達後4倍に
警察庁が出した通達は「DNA型データベースの抜本的拡充に向けた取組について」(警察庁丁鑑発第906号)。2012年9月10日、全国の警察に対して出された。
内容は、以下のようなものだ。
- 「強姦など重要犯罪でなくても、余罪の可能性があると考えるように」
- 「逮捕していなくても、積極的にDNAを採取するように」
要は、DNAデータベースへの登録件数を増やすため、採取する対象を広げようということだ。日弁連の意向はまったく顧みられなかった。
この通達が出た後、データベースの登録件数は急増する。2012年の通達前には30万件に過ぎなかったのが、2019年には約120万件になった。
「何人もの警察官に囲まれて怖かった」
「重要犯罪でなくてもDNAを採るように」という通達を反映し、120万件のうち95%は、殺人や性犯罪といった「重要犯罪」以外のものだ。
東京都内に住む20代男性は2018年の夏、DNAを採取された。
友人と酒を飲んで終電で自宅の最寄りの駅に着いた。駅から自宅までの途中に、鍵がかかっていない自転車を見つけ乗ってしまった。
すぐに白バイがやってきて、とがめられた。白バイ警官の応援要請でパトカーがやってきた。後部座席に乗せられた。
交番に向かうのかと思ったら、行き先は警察署。取り調べを受けた上、写真、指紋をとられ、最後はDNA。ラグビー選手のようながっしりした身体の若い警官が、薄い青手袋に綿棒のようなものを手にし、男性の頰の裏をこすった。
DNAを採る際、同意書にサインするよう求められた。周りを警察官に囲まれて動揺していた。酒を飲んでいたし、疲れてもいて、いわれるがままにサインしてしまった。
「DNAの採取があまりにも自然な流れだったので拒否できるかどうか、考えることすらありませんでした」
警察署から解放されたのは朝の5時過ぎだった。
この男性はいう。
「警察に連れていかれるのは初めてでした。いきなり何人もの警察官に囲まれて怖かった。自分がやったことには反省しているが、ここまでされるとは」
男性はその後、起訴されていない。しかし、警察からデータベースからDNAを削除したという連絡はない。
元委員のヤメ検弁護士、「法律ない方が採りやすい」
法制化を議論した「捜査手法、取り調べの高度化を図るための研究会」で、委員を務めた髙井康行・元横浜地検特別刑事部長は、私たちの取材にこう答えた(*1)。
「そりゃ法律がない方が採りやすいし、せっかく集めたデータ、消すわけないでしょ」
「DNA採られる奴が断ればいいだけの話でしょ」
一方で同じ研究会の委員だった小坂井久弁護士は語る。
「警察は『データとしてはこんだけの数がありまんねや』といいたいだけですわ。微罪でDNA採ったって、将来的になんかの犯罪が起きた時にヒットする蓋然性はゼロです。とはいえ、警察の論理としては、100万に一つでもヒットすれば、これは意味があったということになるんでしょうね」
=つづく
【脚注】
*1 2019年10月25日。
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