プレスの自由のために

強者が弱者を喰う「バビロンシステム」を壊せーレゲエ×ジャーナリズム(2)

2020年07月15日18時20分 Tansa編集部

(読むために必要な時間) 11分

▶︎ 辻麻梨子 ワセダクロニクル リポーター    中川七海 ワセダクロニクル リポーター    友永翔大 写真/ワセダクロニクル リポーター

メンタルスレイバリーに告ぐ─レゲエ×ジャーナリズム(1)はこちら

強いものが弱いものを喰う資本主義を、レゲエの世界では「バビロンシステム」と皮肉る。権力による抑圧には命を賭けて闘ってきた。そこがジャーナリズムとの共通点だ、とムーファイヤーさんとランキン・タクシーさんはいう。

だが日本のジャーナリストたちは、いつの間にか長いものに巻かれ「大本営発表」にしがみついていないか。レゲエクラブ「Club CACTUS」とワセクロとの対談は、追い求めるべきジャーナリストの姿勢へと話が移っていく。

【写真右】ランキン・タクシー・RANKIN TAXI
日本のレゲエミュージシャン、一級建築士。1953年生まれ。1980年代初頭、会社員時代にレゲエと出会う。1991年レゲエミュージシャンとしてメジャーデビュー。世界からも注目を浴びる、日本レゲエ界のレジェント。代表曲は「メンタルスレイバリー」。

【右から2番目】MOOFIRE・ムーファイヤー
セレクター/音楽プロデューサーであり、東京・乃木坂の「Club CACTUS」オーナー。90年代に東京発のダンスホールクルーを立ち上げる。00年代からはレゲエクルーとして活動し、自主レーベル「Bacchanal 45」から日本のレゲエ界の歴史に残るヒット曲を多数プロデュース。ギタリストとしてソロ活動も行う。

【左から2番目】辻麻梨子・つじまりこ
ワセダクロニクル・リポーター。早稲田大学の学生時代からワセダクロニクルに参加し、製薬マネーデータベースの作成やインドネシアの石炭火力発電汚職事件の取材などに関わる。イベントごとではすぐに司会を任される。2019年から『週刊東洋経済』の記者を兼ね、豊田市の三つ子虐待死事件や新型コロナの検査体制など、医療・福祉分野を中心に執筆。

【写真左】渡辺周・わたなべまこと
ワセダクロニクル編集長。1974年神奈川県生まれ。2016年、16年間勤めた朝日新聞社を退社。ワセダクロニクルの立ち上げ以来、電通や共同通信による「買われた記事」から、日本人プルトニウム科学者の北朝鮮による拉致疑惑「消えた核科学者」まで幅広いテーマでスクープを発信している。趣味はダイエット。

ミイラ取りがミイラに

「ラスタ」カラーが彩るジャマイカの街(C)MOOFIRE提供


マスコミが「マスゴミ」とまで言われることがあるのは、やっぱり権力と一体になっているイメージがあるからでしょうか。お前たちもそっち側なのか、っていう。

 

渡辺
ところがマスコミの記者にしてみたら、基本的にはしんどい思いをして頑張っていると思っているはずですよ。例えば記者の仕事に「夜討ち朝駆け」というのがあります。刑事や官僚の家の前で待っていて、情報を聞き出すんです。これはこれで必要。彼らは情報を持っていても職場では記者に話せないですから。だけど、当局の人の自宅に通うことだけが目的になっている記者もいる。意味がないことだと本人が思っている。それでも意味のないことに抵抗しないのは、ジャーナリストとしての自分よりサラリーマンとしての自分を優先させているんです。会社がやれって言ってるから仕方ないと。

 

ランキン
なるほどね。でもそうやって家に通ったり一緒にご飯食べに行ったりするから、権力とべったりになっちゃうんじゃないですか?

 

渡辺
そこが問題ですね。記者が政治家や官僚と、食事をしても飲みに行ってもいいと思いますよ。情報を取るためには重要な手段です。だけど情報が取れたら、それを忖度なく記事に書かなくちゃいけない。権力に取り込まれて市民の側に戻って来られないのなら、ジャーナリストとは言えないんです。政権に深く食い込むのは結構だけど、政府の広報になっていませんか?職業間違えていませんか?ということです。

 

ランキン
ミイラ取りがミイラになっちゃっているんですね。そんな人はもう向こう側に行ってくれって思いますけど。

ジャーナリズムを貫くには覚悟が必要

リスクを取らないジャーナリストを誰が応援するだろう。「応援してくれるならやります」なんてジャーナリストを、誰が応援したいと思うだろう。世界では次々に独立のニュース組織がリスクを取って誕生し、市民の支援を得て成功している。

日本でもワセクロが2017年2月に創刊した。電通、製薬会社、警察、北朝鮮ーー。タブーは一切なしだ。強大な組織を相手にするリスク、運営資金が不足し常に生活の不安が付きまとうリスク。それでもやるというメンバーが集っているのがワセクロだ。

Club CACTUSのDJブースをバックに

 


企業や政府の圧力から自由でいるために、ワセクロは広告料を取らずに寄付で運営してるんですよね。

 

渡辺
僕が朝日新聞にいた時、製薬企業が医師に支払った金額を検索できるデータベースを作りました。だけど営業部門の意を汲んで朝日の幹部は、データベースの公開を止めた。製薬マネー追及キャンペーンも途中でストップがかかってしまった。製薬会社は新聞社の大広告主ですから。特に新聞社の経営状況は悪くなる一方なので、資金力がある製薬会社の広告は喉から手が出るほどほしいんです。製薬データベースは、医療ガバナンス研究所という闘う医師のグループとワセクロで作り直して公開しています。朝日では実現できなかったことをワセクロでやって実現しているわけです。

 

ムー
お金を出してもらっていたら、そりゃあ都合の悪いことは書けなくなりますよね。首根っこを掴まれているから。でもワセクロは、ほとんど無給でやっているって聞きましたよ? 大丈夫ですか?

 

渡辺
4年目になって、やっと少しお給料も出るようになってきましたよ(苦笑)。でも活動を続けるには、まだまだ足りません。このままでは野垂れ死ぬ。活動資金を寄付で集める方法は、ジャーナリズムにとって最高のモデルだと思います。海外では成功しているところがあります。アメリカの「プロパブリカ」はすでにピューリッツァー賞を受賞しています。アジアでは韓国の「ニュースタパ(打破)」、フィリピンの「ラップラー」、台湾の「報道者」も市民の支援で質の高い報道を発信してますね。私たちは共同取材や、年に1度開かれる探査報道の国際大会で彼らと交流して、いい刺激をもらっています。

 


ニュースタパは月1000円を定額寄付する会員が、4万人いるそうです。ワセクロのメンバーとも付き合いが深くて、インドネシアへの石炭火力発電所の輸出事業の汚職を一緒に取材しました。

渡辺
韓国で李明博政権がメディアに介入したことへの反発で生まれた組織です。公共放送局を中心に、解雇されたり自分で会社をやめたしたりした記者やプロデューサーたちが集まりました。始めは大統領選のスキャンダルを一発報道して、ダメだったら解散するつもりだった。ところが、市民から寄付が集まったのでもう一回やる。次にスクープを出したらまた集まったから続けよう、という風にここまで成長したんです。寄付をしたとしても、対価を得られる訳じゃない。寄付をしていない人もタパやワセクロの報道は見られますから。そういう意味では不平等かもしれないが、損得ではなく、仲間として応援してほしいということです。

 

ランキン
でも日本には寄付の文化がない、とよく言われますね。同じようなことができるんでしょうか?

 

渡辺
確かにそうですね。韓国は政治への関心が高いとか、市民社会のエネルギーがすごいと言われます。でも、初めからそうだった訳じゃない。ニュースタパのメンバー達は、やっぱり最初にリスクをとりましたよ。安定した給料をもらえる会社を出て、どう食べていこうかという不安も当然あったはずです。一方で、日本のジャーナリストたちはリスクをとったんでしょうか。応援してもらえるなら頑張ります、ということじゃ誰も付いてきませんよ。

 


世界を見渡すと殺されるジャーナリストもいます。それくらいの覚悟のある人がつく職業だと思います。

 

渡辺
真剣にやっていたら、必ず権力者の逆鱗に触れるところまで行き着きます。安全が一番ですけど、危険と隣り合わせですね。

 

ムー
そこはミュージシャンが殺されるレゲエの世界とも共通してますね。アートやジャーナリズムを貫こうと思ったら、覚悟が必要なんだと思います。

 

ともに立ち上がりユナイトせよ

メンタルスレイバリーに対する反抗精神ーー。レゲエとジャーナリズムの根底は繋がっていた。ジャーナリストは筆を執り、レゲエミュージシャンは音楽を奏でる。自分も、隣人も、切羽詰まって、這いつくばりながら生きている。だから彼らは、誰一人排除しない。レゲエ先駆者のシンボル、ボブ・マーリーは言った。「解放までもう少しだ、愛のためだけに演奏しよう」

誰かがレゲエを奏でたら、そこはどこでもステージになる(C)MOOFIRE提供


ムーさんから対談のお誘いが来た時、渡辺さんはどう思いました?

 

渡辺
レゲエとジャーナリズムの相性の良さに、心惹かれましたね。実はムーさんにお便りをいただくまで、レゲエについて詳しくはなくて、学生時代に一度だけレゲエクラブに行って酔っ払いながら踊っただけでした。

 

ムー
レゲエもジャーナリズムも、精神的なルーツは同じなんじゃないかと思ったんですよ。反抗精神を持って大きなものに挑む姿勢というか。

 

渡辺
そうですね。メンタルスレイバリーから立ち上がるレゲエミュージシャンと、そうした人々の解放のために記事を書くジャーナリズム。手段は違っても目指す方向が同じなので、連帯できると感じています。

 

ムー
レゲエは抑圧されてきた人々が、命がけで奏でた音楽です。彼らから音楽を奪ったら生きていけない。そういうものは、強い。だけど、音楽の社会的地位はまだまだ低いと思います。戦争、3.11、コロナ、こういう時に真っ先に切り捨てられるのが音楽やアート。「不謹慎」だとか言ってね。

 

ランキン
音楽やアートに感動したことのない人が、そう言うんだよ。そして、排斥を生んだり、搾取したりするんじゃないかな。

 

ムー
だからこそ、レゲエでは団結を大切にしてる。反抗の仕方は、「ユニティ」と「ワンラブ」。

 

渡辺
いいですね。声の上げ方は、ユニティそしてワンラブ。だからね、ジャーナリズムは大本営ムラにいるんじゃなくて、レゲエサイドと一緒になって協力して行かなくちゃと思っているんです。まさにバビロンシステムの崩壊を目指す。バビロンシステムにはサービスの提供者とお客さんがいますけど、そうじゃなくて、一緒に何かいいことをするということです。新しいシステムになるんじゃないかなと。

 

ムー
自分より弱い人をいじめるんじゃなくて、手を組み進む姿ですね。

 

ランキン
皆で立ち上がり、メンタルスレイバリーからの解放を目指す。自分も、隣人も。レゲエの根底にあるものです。音楽もジャーナリズムも、人が腹をくくって共に戦う姿に感動するもんです。

 

ムー
みんな、ここカクタスでは、普段から怒り、歌い、踊り、そして手を取り合ってますよ。

 

渡辺
ワセクロも、そうなっていきます。

 


ムーファイヤーさん、ランキン・タクシーさん、今日はありがとうございました。

レゲエクラブClub CACTUSには、愛と反抗を忘れない人たちが集まる

プレスの自由のために一覧へ