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新型コロナウイルスのパンデミックに対して、各国の政府が様々なウイルス封じ込め政策に取り組んでいるのはご存知の通りです。初期のウイルスの広がりを受け、今年の1月23日、中国武漢市で厳格な都市封鎖(ロックダウン)が突如実施されたのには驚いた方も多かったでしょう。しかしその後ウイルスが世界中に広まり、各国で同様の対策が取り入れられ、どんな方法が良いのか試行錯誤が行われています。
今回ご紹介するのは、中国、韓国、イタリア、イラン、フランスそして米国の6カ国で実施されたウイルス封じ込め政策の効果を分析した論文です。カリフォルニア大学バークレー校の研究者らによるものです。英科学誌ネイチャー(Nature)のオンライン版に「The effect of large-scale anti-contagion policies on the COVID-19 pandemic」のタイトルで6月8日掲載されました。
結論から言うと、これらの政策は新型コロナウイルス感染症の広がりを抑え、6カ国だけでも億単位の人の感染症を防いだという試算が報告されました。
封じ込め政策は社会的経済的な影響が非常に大きく、感染が抑えられたとしてもデメリットが無視できません。実際問題として、そのデメリットに見合うだけの感染防止の効果がどれだけ得られたのか、という疑問に具体的な数字で答える研究というわけです。
政策なければ感染者43%増
この研究では各国単位、その地域・都市単位で、政策が導入される前と後とで感染の広がりがどう変化したのか、詳細なデータが1700件以上収集されました。データ収集期間は、新型コロナ感染報告の最も早い時期である今年の1月から4月6日までの3ヶ月弱です。
評価された政策は、(1 )旅行制限、(2)イベント・教育・商業・宗教行事の停止による社会的距離の確保、(3)隔離とロックダウン、(4)緊急事態宣言や有給病気休暇制度の拡大等その他の政策です。
なお、死亡率に関しては、医療機関がパンクした時にどの程度影響が出るのか、科学的なデータを得ることが困難なため、今回の研究では検討されていません。
まず、何の政策も行われなかったと仮定した場合は、新型コロナウイルス感染初期の拡大時期では1日平均で43%感染者数が増加すると算出されました。何もしていなければ実際に出た患者さんの数よりも、例えば中国では465倍、イタリアでは17倍、米国では14倍に増えることになっただろうという試算です。
緊急事態宣言は顕著な効果
一方で封じ込め政策を導入した後では、感染者数の減少効果が各国で30%前後ありました。その結果で試算すると、研究期間中の4月初めまでの時期に、6カ国で5億3000万人の感染防止につながったことになります。
興味深いのはどの政策がどの程度効果があったのか、各国ごとに数字がはじき出されている点です。もちろん国ごとに状況が違いバラツキもあるので、その解釈はなかなか難しいです。しかし、緊急事態宣言は統計学的にはっきりした感染症の減少効果が認められました。例えば中国は効果が大きい週で20%以上、韓国は約12%ありました。
また、集会の禁止や自宅隔離、商業活動の停止など、社会的距離をとる政策も大きな効果が確認されました。一方、旅行の禁止は効果が出ている国と出ていない国とがありました。学校の閉鎖もその効果ははっきりしませんでした。
興味深いことに、週単位の変化データがある中国について見てみると、封じ込め政策は時間経過とともに感染防止の効果が上昇していました。このことから逆に、封じ込め政策を解除すると、週単位で感染が増加していくことが予想されます。
ただ、社会的距離やマスクの着用など感染予防策が社会一般に浸透しているので、政策を解除したからといって、全て以前と同じように感染に無防備な状態に戻ることはないと考えられます。
「日本モデル」をアピールする前に
学校の閉鎖や外出制限などの封じ込め政策は、社会的・経済的影響が非常に大きいことはご存知の通りです。対面や集会での仕事ができなくなることで失業率が増加していますし、学校に行けなければ教育の機会を十分に得られません。感染を心配する患者さんも増えることで受診者の数が減り、多くの医療機関が赤字になっています。飲食や旅行、教育や医療関係など、たくさんの業種が甚大な影響を受けています。
このような社会的・経済的なデメリットと感染抑制の効果とのバランスをどう政策に反映させ舵取りするか。それが非常に難しく、各国政府が頭を悩ませているところです。
ですから、ウイルス封じ込め政策による感染抑制の効果の大きさを、実際の数字に換算して評価することは非常に重要です。ヨーロッパ、中東、東アジア、北米という異なる地域で、政策による一定の感染症減少効果が検証された意味は大きいと思います。
残念ながら、今回の研究では日本は取り上げられていません。しかし日本も、同様の試算を海外の状況と比較しながら行う必要があります。一般的に日本では、様々な政策を行ったのはいいけれども、実際どの程度の成果をあげたのか、後から振り返るとよくわからないままになることが多いと思います。たとえば、マスク2枚を国民に配って、その費用と手間に見合った感染減少効果があったのか、誰にもわかりませんよね。
最近では、新型コロナウイルス対策の「日本モデル」という話が、国内メディアで言及され始めています。もちろん日本が良かった点もあるでしょうし、逆に改善点もあるでしょう。
しかし、具体的な数字を伴わない抽象的な話だけでは、本当に良かったのか悪かったのか、国内外の科学的検証には耐えられません。今回ネイチャーに発表された論文のように、政策の効果を数字で検証し、海外と比較して議論することができれば、日本モデルはより説得力が高いものになるだろうと思います。
これまでの第一波で行われた政策について、事後的に客観的な評価を行い、その知見を今後来るだろう第二波、第三波に役立てることが大切でしょう。日本での研究が進み、実際に役立てられることを期待しています。
- 谷本哲也(たにもと・てつや)
1972年、石川県生まれ、鳥取県育ち。鳥取県立米子東高等学校卒。内科医。1997年、九州大学医学部卒。ナビタスクリニック川崎、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会にて診療。霞クリニック・株式会社エムネスを通じて遠隔診療にも携わる。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所に所属し、海外の医学専門誌への論文発表にも取り組んでいる。ワセダクロニクルの「製薬マネーと医師」プロジェクトにも参加。著書に、「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館)、「生涯論文!忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり」(金芳堂)、「エキスパートが疑問に答えるワクチン診療入門」(金芳堂)がある。