大阪・摂津で公害を繰り返してきたダイキン工業は、地元経済を支えたり住民への「接待」バスツアーを実施したりして、住民の怒りを鎮めてきた。
ところが2020年6月、流れが変わる。環境省による地下水や河川の調査で、全国最高濃度のPFOAが検出されたのだ。2021年10月に京都大名誉教授の小泉昭夫が住民9人に実施した血液検査では、全員から高濃度のPFOAが検出された。
住民と議会は市に対応を求めるようになった。だが摂津市当局は要望に応えられない。国に助けを乞うため市長の森山一正は2021年12月7日、東京・霞が関を訪れ、環境省・厚労省の担当幹部と非公開の会合をもった。
Tansaはその会合でのやり取りの詳細を掴んだ。
悩みの「土壌汚染」
2004年から5期連続当選のベテラン市長、森山は困り果てていた。PFOAの汚染問題を議会で追及されていたからだ。
例えば2021年6月25日の定例会では、共産党市議の増永和起が質問に立った。増永は、環境省の調査で全国最高値のPFOAが検出されたにもかかわらず、摂津市が「濃度は長期的には減少傾向にある」という見解でかわしていることを突いた。
「地下水から2万2000ナノグラム毎リットル、水路からも5300ナノグラム毎リットル。目標値は50ナノグラム毎リットルですよ。とんでもない高濃度です。長期的に見て濃度が減少傾向にあるなんて、悠長なことを言っていられる数字ですか」
これに対して市が出した見解は「水道水は安全だから大丈夫」。しかし、それでもかわしきれない問題があった。土壌汚染だ。2020年7〜9月と2021年10月の2度にわたり、一部住民に京都大の小泉が実施した血液検査では、ダイキン淀川製作所近くの畑の野菜を食べていた住民から高濃度のPFOAが検出されていた。増永はこの点も質す。
「水さえ飲まなければ安心なんて言えるんですか。市独自で土壌も含めた調査をすべきではないですか」
市生活環境部長の松方和彦が答弁に立つ。
「今後、国において知見等を深めていかれる状況にあると理解しております」
だが市長の森山をはじめ市当局に、国がどこまで動くかの確証はない。森山は12月7日、上京して環境省と厚労省に確かめることにした。
ダイキン工業淀川製作所近くの畑で野菜を育てている住民。自身の血液から高濃度のPFOAが検出された(2021年11月16日、撮影/中川七海)
環境省・厚労省との会合にあたり、摂津市側は現在の市の状況と確認したい事項を事前に伝えた。
・ダイキン工業近くでの地下水調査の結果について、近隣住民が非常に不安を感じている
・市議会で、「近隣住民の血液検査で高濃度のPFOAが検出されたがどうするのか」などと質問され、非常に厳しい立場だ
・ダイキン工場近くには農地がある。土の中のPFOAの挙動を調べる研究や、除去技術はどこまで進んでいるのか
会合は12月7日13時から、環境省の水・大気環境局の審議官室で約40分にわたって開かれた。
参加者は以下のメンバーだ。
摂津市 市長の森山一正、副市長の福渡隆
環境省 土壌環境課長の髙澤哲也、水環境課・係長の髙橋すみれ、他
厚労省 水道水質管理室・水道水質管理官の横井三知貴、室長補佐の十倉崇行
会合では、摂津市側が切り出した。
「地下水はPFOA値についての指針があるが、土壌と農作物についてはない。市民にどう説明していいかが率直な悩みだ」
環境省水環境課が答える。
「農作物については所管していないが、飲料水を直接摂取することと比較してリスクが高いということではない」
「農作物を食べた住民の血液検査で、高濃度のPFOAが検出されたと言われている件についても、直ちに健康に影響があるとは限らないと考えるが、知見は十分ではない」
「直ちに健康に影響があるとは限らない」という環境省。それでは住民を安心させることができない。摂津市側は国側にこう求めた。
「地元自治体としては、土壌についてのPFOA値の目安や具体的な浄化方法がない状態では、むやみに注意喚起できない。国においても深刻な状況であることを認識し、具体的な取り組みを進めてほしい」
環境省「広範囲の市民が高濃度のPFOA水を飲み続けているわけではない」
摂津市の訴えに、環境省の水環境課が答える。
「局所的に農作物を食べ続けている人もいると思うが、広範囲の市民が高濃度のPFOA水を飲み続けているわけではない。安心材料の一つになるのでは」
悠長な回答に、摂津市が食い下がる。
「広範囲の市民に対してではなく、特に懸念されているダイキン淀川製作所周辺の住民に説明していくため、土壌や農作物についての基準を示していただきたい」
「公害として報道されて一人歩きしてしまうことを懸念している。大変なことが起こっているのに解決策がないと言われるのが辛い」
それでも環境省の水環境課は「基準がいつできるか現時点では言えないが、知見が集まればアクションを起こす」と伝えるのに留めた。
基準を決められなくても、土壌のPFOAを除去する技術があれば住民を安心させることができるのではないか。摂津市は「吸着剤を開発していると聞いているが、議会でそのことを伝えていいか」と尋ねた。だが環境省の土壌環境課の回答はこうだった。
「開発中だが、吸着剤とまで明確に言える段階ではない」
結局、市民を安心させる材料を国から得られないまま、市長の森山は摂津に戻ることになった。これからどのように動くのか。次回、Tansaが森山を摂津市役所でインタビューした内容を報じる。
「直ちに健康に影響があるとは限らない」という認識を示した環境省のトップを務める、山口壯環境大臣。環境省ウェブサイトより
=つづく
(敬称略)
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