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たばこ会社のフィリップモリスが、新型コロナウイルスの拡大を、加熱式たばこ「IQOS」のビジネスチャンスとしている。ターゲットは、コロナに感染すれば死亡するリスクが3倍に高まるといわれる喫煙者。紙たばこより「有害成分の量が少ない」という売り文句で、「IQOS」に切り替えさせようという戦略だ。
しかし、世界保健機関(WHO)は加熱式たばこについて「健康へのリスクが減るわけではない」と声明を出している。
日本はIQOSの世界一の「お得意様」だ。2014年の発売以降、爆発的な人気が出て一時期は世界の売り上げの9割を占めた。
ワセダクロニクルは、シリーズ「巨大たばこ産業の企み」の1回目と2回目で、コロナの感染が広がるのを機に、日本市場がフィリップモリスの販売攻勢の標的になっていると報じた。「在宅期間が長い今」などというフレーズで、IQOSの商品広告を全国の新聞に出しているのだ。
東京都医師会や加熱式たばこの害を研究している医師らは、WHOと同様、健康への害について注意を喚起する。加熱式たばこが開発された裏側にニコチン中毒を促進する「アンモニアの罠」を見るからだ。東京都医師会でタバコ対策委員会の委員長を務めた村松弘康医師は言う。
「アンモニアは、ニコチンを肺や脳に浸透させやすくして喫煙者を中毒にする効果がある。火の熱が900度に達する紙たばこでは、熱に弱いアンモニアは効果が薄れるため、300度にしか上がらない加熱式たばこが開発された」
本シリーズは、組織犯罪の取材に力を入れるジャーナリストグループ「OCCRP」(Organized Crime and Corruption Reporting Project)を軸とし、ワセクロを含む世界11か国のメディアが共同で取材している。今回は各国のメディアが報じた記事を紹介する。日本を含め、各国でのフィリップモリスの行状をつなぎ合わせると、同社の世界的規模での「企み」が見えてきた。
「Blowing Unsmoke」 メディアチーム
OCCRP、Report・Rai 3 (イタリア)、Kyiv Post (ウクライナ)、Rise Romania (ルーマニア)、TBIJ (イギリス)、IRL (マケドニア)、Aristegui Noticias (メキシコ)、Cuestión Pública (コロンビア)、Plaza Publica (グアテマラ)、Mariela Mejía (ドミニカ共和国)
喫煙者の「期待」崩す当局の非公開資料@イタリア
Rai 3ウェブサイトより
世界中の喫煙者は、「加熱式たばこの健康被害は紙たばこより少ない」というフィリップモリスの主張を信じるからこそ、IQOSに切り替える。しかし、こうした喫煙者を裏切るイタリア当局の非公開資料が出てきた。2020年5月25日、イタリアのメディア「Report」がテレビ番組「Rai 3」で暴露した。
資料は、2018年12月にイタリアの政府機関である国立衛生研究所が、IQOSに対して下した評価だ。フィリップモリスは、IQOSのパッケージに「紙たばこより安全だ」と記載する許可を得る目的で、IQOSの健康被害について実験した結果を提出していた。国立衛生研究所の評価は、フィリップモリスの主張を門前払いする内容だった。
「この研究は、IQOSを売るために設計されている。健康被害の検証をしているものではない。適切な条件下で透明性のある方法で実験すべきだ」
Reportの報道を受け、イタリア保健省はこの資料の公開を決めた。
だがフィリップモリスは、イタリアで暴露されたことなどお構いなしに、世界中で販売攻勢をかけている。
「医師囲い込み」で肺疾患の患者を標的に@ルーマニア
ルーマニアのメディア「Rise Romania」は、フィリップモリスが肺疾患を持つ喫煙者にIQOSを売り込もうとしていることを突き止めた。医師を取り込んで、紙たばこからIQOSに切り替える利点を示すための研究を実施しようとしていた。「IQOSなら紙たばこより安全にたばこを吸える」と患者に勧めようとしていたのだ。
コロナの流行に乗じて、医師を利用したキャンペーンも始めた。自分でIQOSを購入するか、友人にIQOSを勧めれば、フィリップモリスがコロナの診療にあたる医師へ食事を提供するというキャンペーンだ。
政府もフィリップモリスに協力的で、IQOSを医療機器や禁煙ツールとして宣伝する医療会議を開催した。
反たばこ規制の元政治家側に3700万円寄付@ウクライナ
Kyiv Postウェブサイトより
ウクライナでは、たばこの使用や販売に影響を与える恐れのある寄付は禁じられている。ところがフィリップモリスは、保健省の管理職を務めていた元議員Serhiy Shevchukが運営する慈善団体「Health For All」に、1000万フリヴニャ(約3700万円)を寄付していた。ウクライナのメディア「Kyiv Post」が報じた。Shevchukは、国会議員時代から自身の団体を通してフィリップモリスの寄付を受け取っていた。たばこに関する規制の緩和に尽力した政治家として知られる。
ウクライナでターゲットになっているのは、コロナでロックダウン中に家で過ごす若者だ。フィリップモリスは19歳の歌手を起用し、動画でIQOSを宣伝した。
コロナでロックダウン中は15〜25%の値引きを行った。広く普及している宅配サービスと連携し、バイク便ですぐに届く仕組みが整えられた。
フィリップモリス幹部「2020年は私たちの歴史の中で最も重要な年」@イギリス
イギリスは、たばこの規制に厳しい国だ。たばこの無料提供を法律で禁じている。
だがイギリスのメディア「TBIJ」(The UK’s Bureau of Investigative Journalism)によると、フィリップモリスは巧みに法律をすり抜けている。限りなく無料に近い価格でIQOSを利用できるキャンペーンを実施し、新たなユーザーを獲得している。
フィリップモリスのマネージングディレクターPeter Nixonは、社内イベントで、英国支社でのIQOS用たばこの2020年の売り上げを400%にするよう本社に求められていると語った。スタッフには次のようにメールした。
「2020年は私たちの歴史の中で最も重要な年です。IQOSの勢いは私たちに大きな機会を与えてくれます」
政府vsフィリップモリス@メキシコ
フィリップモリスと闘う国もある。
メキシコでは、加熱式たばこを国内で製造・販売することを禁止しており、2020年2月には海外からの輸入も禁じた。個人旅行での持ち込みもできない。テレビや新聞といったマスメディアでの広告も禁止だ。
背景には、たばこによる健康被害で年間750億メキシコペソ(約3800億円)の治療費がかかっていることにある。それに対してたばこ会社が政府へ収める特別税は年間410億メキシコペソ(約2000億円)しかない。
それでもフィリップモリスは、コロナ感染者の約10人に1人が死亡し、街がロックダウンされている最中に、YouTubeやInstagramでIQOSを大々的に宣伝した。メキシコのメディア「Aristegui Noticias」によると、老舗百貨店「サンボーンズ」や大手コンビニチェーン「セブン-イレブン」もIQOSを売っている。
メキシコ政府は2020年6月、たばこ規制の国際条約に基づいて、たばこの違法取引をなくすための議定書の承認を、より速く進めると発表した。
WHO「健康リスクを減らすことにはならない」
世界保健機関(WHO)は加熱式たばこについて「人の健康へのリスクを減らすことにはならない」と繰り返し述べている。加熱式たばこであっても、従来のたばこに対する国際的な規制が適用されると表明しており、コロナ感染拡大の中でのたばこ産業についてはこう言う。
「脆弱な状況を利用して、自分たちのビジネスをしている」
=つづく
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