野村グループをドイツ検察が捜査/欧州各国、世界の金融詐欺ネットワークから株配当税で20兆円の被害/「CumEx文書」が暴露
2021年10月21日17時56分 渡辺周、アナリス ガイズバート、中川七海
株配当税の還付金を「二重取り」する欧州の詐欺事件に関連し、大手証券会社・野村グループの海外子会社が、ドイツの検察から捜査を受けていることが分かった。イタリアではすでに、最高裁が野村側に対して還付金約40億円の返還を命じる判決を出している。
還付金の二重取りや配当税の脱税は1990年代から横行し、各国が受けた被害総額は2000年から2020年までに推計で20兆円に上る。銀行や証券会社、個人投資家らによる犯行で、各国の捜査当局が摘発を進めている。
一連の不正は、「CumEx文書」により発覚した。CumEx文書とは、銀行や証券会社、投資家らのグローバルネットワークが、税金の抜け道を利用して利益を得ていたことを示すリーク文書だ。ドイツの探査報道ニューズルーム「CORRECTIV」が入手し、国際コラボによる取材チームが2018年に初めて報じた。
その後も取材は続き、入手した文書は20万ページに。被害額は当初の7兆円から20兆円に膨れ上がった。Tansaは2021年5月、CORRECTIVから「ノムラの名前がCumEx文書の中にある」と取材チームへの参加要請を受けた。
空前の税金詐取事件は、どこまで広がるのか。日本の国庫にも波及するのか。
税金を払うのは1人、還付金をもらうのは2人
還付金詐欺は、株配当税の還付金をめぐって行われる。配当税は、企業が支払う必要があるが、一部または全部は「還付金」として株主に返ってくる。
どのような方法を使うのか。手口は数種類あるが、その一つが文書の名前になっている「CumEx」と呼ばれる取引である。配当税の還付金を「二重取り」するのだ。
ポイントは、企業が株主に利益を分配する「配当日」の直前と直後で株を売買することにある。ある株の保有者が、配当日の直前で他の人に株を売り、配当があった直後に株を買い戻すのだ。
この短期売買を経ると、税金を支払ったのは1人にもかかわらず、納税証明書は2人に発行されてしまう。そのため、還付金が2人に対して支払われてしまうのである。税務当局のシステムが、短期間の株の売買についていけないことを突いた手口だ。
この詐欺は、株を取引する相手や、その間に入る仲介者が必要なため、単独ではできない。銀行、証券会社、投資家、弁護士、税理士らが、その都度グループを形成し、犯行を重ねていた。
そうしたグループで、野村グループの英国子会社「ノムラ・インターナショナルPLC(NIP)」も活動していた。NIPの役割は、株の「ショートセラー」だった。
CumEx文書では、あるトレーダーがこう証言している。
「トレーダーたちは、どの銀行・証券会社がショートセラーとして参加しているか、みんなわかっていた」
欧州全体の被害額は、「CumCum」と呼ばれる別の手口を入れると、推計で20兆円に上った。ドイツ・マンハイム大学のクリストフ・スペンゲル教授(税法)の研究チームと、CORRECTIVが共同で推計した。CumCumは、税率が違う国の間で株を短期的に売買することで脱税する手口だ。
最も被害が大きかったのは、ドイツで4兆8000億円。2番目はフランスの4兆4000億円、3番目はオランダの3兆6000億円だった。
アメリカでも7000億円の被害が出ている。
「ミスターCumEx」と「ノムラ」のミーティング
CumEx文書には、ノムラ・インターナショナルPLC(NIP)の名前が随所に出てくる。
例えば、税金問題を専門に扱うドイツの弁護士ハンノ・ベルガーに、NIPが「税務相談」のためのミーティングを行った記録が残っている。ベルガーは「ミスターCumEx」と呼ばれ、配当税の還付金詐欺の手法について、投資家や企業に指南していた人物だ。すでにドイツ当局の捜査対象となっている。
他にも、NIPがアディダスやドイツの大手損害保険会社、米国の年金株で取引を行った記録などがある。
NIPは今、ドイツのケルン検察の捜査を受けている。取材パートナーが入手した約750人の容疑者リストによると、少なくともNIPの元社員ら9人が捜査されている。
野村グループの別の英国子会社「IBJノムラ・ファイナンシャル・プロダクツ(UK)PLC」(現在は清算中)は、CumCum取引も行なっていた。
同社がCumCum取引を行ったイタリアでは、最高裁判所が2019年6月、約40億円の返還を命じる判決を出した。
NIPもCumCum取引を行ったとして、イタリア当局からほぼ同じ額の還付金を返すように求められている。
ではどのような人物が、野村グループでは配当税の還付金を狙った株取引を行っていたのか。CumEx文書には、あるトレーダーの次のような証言があった。
「ノムラ・インターナショナルでは、CumExのノウハウを持つ元リーマン・ブラザーズのトレーダーたちが取引をしていた」
リーマン・ブラザーズとは、低所得者用の住宅ローンが焦げ付いたことをきっかけに、2008年に破綻したアメリカの投資銀行だ。世界的な金融危機を引き起こした。野村証券は2008年に、リーマンの欧州、中東、アジアの事業部門を買収した。
取材パートナーが入手した容疑者リストによると、ケルン検察に捜査されているNIPの元社員ら9人のうち、6人はリーマン・ブラザーズ出身だ。
野村グループ「コメントを控える」
今回の事態を、野村グループはどのように考えるのか。Tansaは野村グループのCEOである奥田健太郎に、検証を行ったかということと、再発防止策を取っているのかについて質問状を送った。
2021年10月21日、グループ広報部から回答が来た。
「個別案件につきましてはコメントを控えさせていただきます」
しかし、野村ホールディングスが2021年6月21日に東京都内で開いた株主総会の資料には、ドイツとイタリアの事件について以下の記載がある。
ドイツ
「2017年8月、NIPは、ドイツのケルン検察より、同社および野村グループの元社員らによる脱税行為への関与につき捜査を行っている旨の連絡を受けました。本件捜査は、2007年から2012年における特定のドイツ株について配当基準日前後に行われた取引の計画および実施、また税還付申告に関するものであり、元社員らの一部がドイツにおける捜査手続きの対象となっております。これにともない、NIPおよび野村グループの該当会社(以下「該当会社」)は、取引データその他関連資料の提出等の検察の要請に対応しております。今後該当会社および元社員らに対する捜査が裁判に移行されるに至った場合には、判決により元社員らに刑事罰が科され、また該当会社に対して行政罰としての課徴金および利益没収等の処分が科される可能性があります」
イタリア
「2008年1月、当社の英国子会社であるノムラ・インターナショナル PLC(以下「NIP」)は、イタリア共和国ペスカーラ県の租税局から、二重課税にかかる英伊租税条約(1998年)に反した行為があったとする通知を受領しました。その通知の内容は、イタリア株式の配当金に関して、NIPが既に還付金として受領した約33.8百万ユーロおよび金利の返還を求めるものでした。NIPは同県租税裁判所の租税局の主張を認める決定を不服とし、その取消しを求めております。 また、同じく当社の英国子会社であるIBJノムラ・ファイナンシャル・プロダクツ(UK)PLC(2000年より清算手続き中。以下「IBJN」)に対しても、同租税局により同様の請求がなされていました。2019年6月、イタリア最高裁判所は同租税局の主張を認め、IBJNに対し、IBJNが還付金として受領した約38百万ユーロおよび金利の返還を行うべき旨の判決を言い渡しました」
海外大手銀行の元トレーダー「日本でもやっていた」
この税金詐欺は日本にも波及するのだろうか。
株取引に詳しい金融機関の関係者や、公認会計士らに取材したところ、答えはいずれも「システム上、不可能」だった。日本では株主名簿に基づいて、配当税の還付金を支払っているからだ。たとえ短期間で株のやり取りをしても、名簿に記載される所有者は1人なので、2人に還付金が支払われることはあり得ないという。
ところが、この見解とは異なる証言が出てきた。Tansaの取材パートナーが、還付金詐欺に関わったトレーダーに取材したところ、次のように語った。このトレーダーは海外の大手銀行で働いた経験がある。
「日本では株の配当日が3月末と9月末に集中するため、税金の詐取を行うのは難しいが、私の同僚は確かに日本でもやっていた」
本当に日本の税金も詐取されたのだろうか。詐取されたとしたら、どのような手口を使ったのだろうか。引き続き取材をし、明らかになり次第、報じる。
(敬称略)
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