石炭火力は止まらない

世界の気候変動訴訟、判決の6割にあたる215件で勝利/各国政府が対策迫られる(3)

2021年10月07日13時54分 アナリス ガイズバート

国に対して憲法裁判所で気候変動訴訟を起こした韓国の若者たち=2020年3月13日撮影 (C) Youth4ClimateAction

横須賀の石炭火力発電所をめぐる訴訟で経産省は、温暖化問題で自分たちがこれまで使ってきた基本的なデータさえ否定した。

なぜ経産省は、そのような態度を取ったのか。

原告の住民は「経産省は、不誠実な態度で裁判に臨んでも、どうせ自分たちが勝つと思っているに違いない」という。

しかし世界では今、温暖化対策が不十分だとして、各国政府が訴訟で次々に敗れている。すでに判決が出た369件のうち6割に近い215件は、政府や企業など温暖化を進めてしまっている側に対策の強化を命じたのだ。

背景には気温上昇を1.5〜2度に抑えるためのCO2排出許容量「カーボンバジェット」が急速に減っていることがある。

気候変動訴訟はこれまで約40か国で1800件以上起きている。今後も、より厳しい温暖化対策を求める判決は続きそうだ。

気候変動訴訟激増、2015年以降1000件超

2021年7月、イギリスのグランサム気候変動・環境研究所のジョアナ・セッツァーとキャサリン・ハイアムが、あるレポートを発表した。これまでに判決が出た世界の気候変動訴訟を分析した結果だった。

レポートによると、369件のうち215件は更なる温暖化対策を命じる判決だった。118件は、CO2を排出する事業を認めるなど温暖化対策にとってマイナスの判決だった。残り36件はどちらともいえない判決だ。

気候変動訴訟の件数は、1986年から2014年までの28年間で約800件だったのが、パリ協定が採択された2015年以降の6年間では1,000件を超えた。

レポートは「気候変動訴訟は、気候変動への対策を前進させるための手段として重要性が増している」と述べている。

【世界の訴訟で原告が勝訴した主な例】

勝訴の概要
オランダ ・2013年9月、環境団体「Urgenda Foundation」が政府に対して訴訟。

・2019年12月、最高裁は「人権の観点から、政府は十分な地球温暖化対策を取る必要がある」と、「気候危機と人権」を重んじる判決を出した。

フランス ・2019年3月、環境NPOが政府に対して訴訟。

・2021年2月、パリ地裁は「フランス政府自身が設定した短期的な削減目標を達成しておらず、温暖化被害を引き起こすことは違法」と判決。

アイルランド ・2017年1月、環境NPOが政府に対して訴訟。

・2020年7月、最高裁は「政府の『2050年カーボンニュートラルプラン』が曖昧すぎて、排出削減のための対策が足りない」と判決。

コロンビア ・2018年1月、コロンビア人の若者が政府に対して訴訟。

・2018年4月、最高裁が、アマゾンでの森林伐採を止めるよう政府に指示する判決。

ネパール ・2017年8月、弁護士が政府に対して訴訟。

・2018年12月、最高裁は「温暖化対策が不十分で、パリ協定に違反している」とし、新しい気候法を制定するよう求める判決。

ニュージーランド ・2015年11月、ロースクールの学生が政府に対して訴訟。

・2017年11月、ウェリントン地裁は「元環境大臣が2050年の削減目標を見直さなかったことが違法」と判決。

パキスタン ・農家が政府に対して訴訟。

・2015年9月、ラホール地裁は「各省庁は地球温暖化対策実施担当を設置し、行動計画を作成するように」と判決。

 

オランダのUrgenda気候変動訴訟の原告団。2019年12月20日、最高裁で原告勝訴の判決が出た= (C) Chantal Bekker

ドイツ連邦憲法裁判所「若い世代の自由を侵害」

では気候変動対策を求める判決では、何がポイントだったのか。直近の事例であるドイツの裁判をみていく。

ドイツ連邦憲法裁判所が判決を出したのは2021年4月29日。気候保護法で定めた温室効果ガスの削減計画が不十分だと判断した。

この訴訟は、気候危機への対策を求める団体「Fridays For Future」に所属するドイツの若者らが起こした。裁判所はこう断じた。

「このままでは温暖化のツケを将来世代に回し、原告ら若い世代の自由を侵害することになる」

勝因は「カーボンバジェット」の枯渇を訴えたところにあった。

カーボンバジェットとは、気温上昇を一定レベルに抑えるために許容されるCO2の累積排出量のこと。いわば「CO2排出許容量」だ。

国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)によると、気温の上昇を産業革命前より1.5度以内に抑えようとする場合、世界のカーボンバジェットは、今の排出ペースだと11.5年後の2033年には枯渇する。

ドイツの裁判では、国内の人口と照らし合わせ、ドイツ環境諮問委員会が自国のカーボンバジェットを算出した。

その結果、今のままでは2030年までにカーボンバジェットをほぼ使い果たすことがわかった。このデータが判決に影響した。

気候変動訴訟が専門の弁護士、デニス・ヴァン・ベーグルがドイツの判決について解説する。ベーグルは2015年、オランダで政府に温暖化政策を強化させる世界初の判決を、ハーグ地裁で勝ち取ったメンバーの1人だ。

「2030年までにカーボンバジェットを使い切ってしまうということは、気温上昇を一定レベルに抑えるためには、それ以降はCO2を排出できないということだ。車を運転することも、家を暖めることもできなくなる」

「これは将来世代に不当な負担と責任を負わせるものなので、ドイツの裁判所は政府の今の政策が違憲だと判断した」

他にもカーボンバジェットが裁判で取り上げられ、原告側が勝訴した例がある。

例えばフランスの裁判所は、2015〜2018年のカーボンバジェットを超過したことで環境被害が起きたことを認めた。政府に具体的な温暖化対策を2ヶ月以内に提示するように求めた。

韓国の裁判では、原告の若者たちが憲法裁判所で「韓国の2030年削減目標が不十分で将来世代が被害を受ける」と訴えている。カーボンバジェットがどんどん減っているからだ。

2025年にカーボンバジェット使い切る日本

横須賀の石炭火力発電所をめぐる裁判でも、2021年9月3日、「カーボンバジェット」が初めて取り上げられた。原告側の弁護士たちが日本のカーボンバジェットを計算して公表したのだ。世界のカーボンバジェットのうち、日本の分を人口比で割り出した。

原告弁護団によると、日本の2018年のCO2排出量のままだと、あと5.8年しかカーボンバジェットがもたない。つまり2025年で使い切ってしまう。

一方で、横須賀に石炭火力発電所を建設しているJERA(東京電力グループと中部電力が出資)のCO2削減計画は、2025年にカーボンバジェットが尽きることを防げるものではない。発電所の燃料を、石炭からCO2が出ないアンモニアに入れ替えていくことが柱だが、目標年度を2050年にしている。そのため削減ペースが遅い。

JERAが2020年10月13日に発表した「JERAゼロエミッション2050 日本版ロードマップ」。石炭からアンモニアに燃料を代替していきながら発電所を稼働させる計画だ=JERAのホームページより

そもそも2050年に計画を実現できるかも、疑わしい。アンモニア燃料の不足や、技術的な問題があるからだ。TansaがJERAに質問状を出すと以下の回答が返ってきた。

「『JERAゼロエミッション2050』の実現には、現在の技術ではクリアすべき課題がまだ多くあるが、自ら主体的に脱炭素技術の開発に取り組んでいくことで、実現に向けて取り組んでいく」

だが世界の気候変動訴訟では、温室効果ガス削減の不十分な計画を許さない判決が次々に出ている。

横須賀の石炭火力発電所をめぐる裁判はどうなるのか。発電所は2023年6月に一部稼働予定だが、判決は2022年に出る見込みだ。

建設が進んでいる横須賀石炭火力発電所=2021年4月22日撮影

(敬称略)

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この記事は、オーストラリアの財団「Judith Neilson Institute」の「アジアンストーリーズプロジェクト」からの支援を受けている。プロジェクトには「オーストラリア財務レビュー」(オーストラリア)、「メディア・発展センターベトナム」(ベトナム)、「KCIJニュース打破」(韓国)、「マレーシアキニ」(マレーシア)、「テンポ」(インドネシア)、「トーティスメディア」(イギリス)が参加している。

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