日本が食った「奴隷」のマグロ

中国企業の取引先は三菱商事グループ/船員酷使を「知らなかった」(2)

2021年09月17日14時18分 アナリス ガイズバート

大連遠洋のマグロを購入していた東洋冷蔵の施設=静岡県清水港、2020年12月9日撮影

2019年から2020年にかけて、中国の水産会社「大連遠洋」が運営するマグロ漁船で、乗組員10人が死亡した。24時間連続の勤務を強いられ、まともな水や食事を与えられなかった。病人が出ても港に向かわず漁を続けた。本シリーズの1回目では、その実態を報じた。

Tansaは、大連遠洋が獲ったマグロの行き先を追った。奴隷労働の末に獲れたマグロを、誰が買っていたのか?

主な行き先は日本だった。

買い手は、大手商社三菱商事とその子会社の東洋冷蔵だ。2020年4月まで取引をしていた。三菱商事グループの購入額は一時期、大連遠洋の収入の7~8割に上った。

大連遠洋の「唯一の日本の取引先」

2014年、大連遠洋が香港市場に上場するための新規株式公開資料が公表された。大連遠洋は2000年に銀行や輸出ビジネスを営む中国の富豪財界人が設立。「世界最大の遠洋漁獲会社」を目指していた。

資料には、大連遠洋の船が漁獲するマグロについて、こう書かれていた。

「高級刺身として使われるプレミアムマグロの漁獲・販売は当社のビジネスの中心になっている。2011~2014年度上期には、当社が漁獲したマグロを、主にプレミアムマグロの世界一の市場である日本に販売した」

資料によると、大連遠洋は、別の日本の輸入業者からの誘いもあったが断った。三菱商事グループとは大連遠洋の設立当初から取引をしており、その関係について次のように書いている。

「当社は東洋冷蔵との良好な取引関係を大切にしている。したがって、マグロを日本の他の輸入業者に販売しないことを決定」

東洋冷蔵は三菱商事が95%出資している子会社で、日本のマグロ輸入の最大手だ。日本への唯一の販売先が、三菱商事グループだったのだ。

資料には東洋冷蔵との2011年度から2013年度の取引額も載っていた。

・2011年度 約27億円(大連遠洋の全収入の80.4%)

・2012年度 約35億円(同73.9%)

・2013年度 約43億円(同72.0%)

東洋冷蔵1社で7〜8割。大連遠洋にとって、東洋冷蔵とのビジネスがいかに重要かを示している。

大連遠洋の事務所=2021年1月、取材パートナーが撮影

日本の胃袋を満たすには

なぜ、三菱商事グループは大連遠洋からマグロを買うようになったのか。背景には日本のマグロ漁船の激減と、衰えない日本のマグロ消費量がある。

1970年代に約1000隻あった遠洋マグロ延縄漁船は、2020年には200隻を切るまで減った。漁獲量の低迷や燃料費の高騰、国際規制の強化が進む中、人件費が安い外国漁船との競争に勝てなくなってきたのだ。

その一方で、日本は今も世界の刺身用マグロの約8割を消費する。高い値段で販売されているクロマグロがよく知られているが、スーパーなどの売り上げの多くをメバチやキハダが支える。大連遠洋が獲っているマグロだ。

日本では手頃な価格で食べられるマグロ=2021年8月22日、東京都豊島区で撮影

船員の背中にうじがわいて

三菱商事グループにマグロを売るようになって、大連遠洋は急ピッチで成長する。2000年にマグロ漁船3隻しか持っていなかったが、2020年には太平洋、大西洋、インド洋で35隻の延縄マグロ漁船を運営するまでになった。東洋冷蔵にマグロを提供していた日本の会社から、11隻の船を買い取ったこともあった。

大連遠洋の急成長の裏には、インドネシア人船員らの酷使があった。本シリーズの第1回目では、船員4人が死亡した「ロンシン629」の事例を詳報したが、大連遠洋の船では計10人が命を落とした。7人はインドネシア人だが、フィリピン人2人と中国人1人も含まれている。

大連遠洋のほとんどの船で、18時間以上の労働、暴力や脅迫、食事や水をまともに与えないことが日常となっていた。取材パートナーのMongabayや本部をロンドンに置く環境NPO「Environmental Justice Foundation」が、大連遠洋の14隻の元乗組員たちを取材し判明した。

2018〜2020年の間に大連遠洋の船で働いていた乗組員への、人権侵害事例(カッコ内は船名)は以下の通りだ。

10人が死亡した事例

・中国人船員1人が怪我を負ったが、船長に頼み込んでも港に運んでもらえず死亡(ロンシン621)

・フィリピン人1人が、背中にうじがわくほど症状が進行し死亡(大連遠洋のどの船かは不明)

・インドネシア人2人が、病状が悪化し死亡(ロンシン629、ティアンシアン16)

・インドネシア人1人が、息が苦しくなった末に海に飛び込んで死亡(ティアンユ8)

・フィリピン人1人が死亡。遺体が数カ月間、船の冷凍庫に保管(ロンシン905)

シリーズ1回目で報じたロンシン629のインドネシア人4人

暴力・暴言事例

・乗組員の仕事が遅い時、上司が背中をロープで鞭打った(ロンシン628)

・船員の1人が性暴力を受けた。もう1人は口から血が出るまで殴られた(ディアンシャン8)

・出港して間もない、仕事に慣れていない時期、上司によく怒鳴られた (ロンシン607 )

食事・水に関する事例

・水には時々藻が入っていて、黄色く濁っていた。チキンは6年前に加工されたもので、腐ってぬるぬるだった(ロンシン625)

・十分な食事を与えられず、一皿のおかずを数人で分け合わなければならないこともあった(ロンシン611)

労働環境

・48時間働いたことがあった。2〜3時間しか寝られなかった (ロンシン622)

・24時間以上働くことがあった(ロンシン601)

・仕事に必要な手袋や長靴などの装備を支給してもらえなかった。手袋に穴が空いてもそのまま、長靴は足に合わなくてもはかされた(ディアンシャン8)

その他

・港に戻ったとき、中国人の乗組員は下船し休みをとったが、インドネシア人は下船できず他の船に移動させられた(ロンシン601)

・契約書で約束された給与をもらっていない(ロンシン606など)

・船長が乗組員のパスポートを保管していた(ロンシン630など)

「海外報道で知った」三菱商事

大連遠洋が船員たちを奴隷のように働かせていたことを、三菱商事グループは知らなかったのだろうか?

大連遠洋と三菱商事グループが2013年8月に交わした覚書には以下の内容が含まれている。

「プレミアムマグロ市場の需要と供給の傾向を話し合うため、定期的な会議を設ける」

「東洋冷蔵は、大連遠洋の船長らに対して、マグロの加工・冷凍・保管に関する研修プログラムを定期的に提供する」

つまり、大連遠洋と三菱商事グループには「定期的な会議」や「船長らへの研修」がありコミュニケーションを取る機会があったということだ。

静岡県清水港のマグロ水揚げの埠頭に向かっている東洋冷蔵のトラック=2020年12月9日撮影

Tansaは三菱商事の広報部に取材した。

――大連遠洋の船での人権侵害について知っていましたか。

「知りませんでした。2020年5月頃の(海外の)報道で初めて知りましたが、報道内容以上のことは承知しておりません」

「2020年4月を最後に、それ以降現在に至るまで大連遠洋との取引はなく、また今後の取引も予定していません」

――取引先の人権侵害を防ぐ対策はとっていましたか。

「当社は、漁業者である漁船船主との直接的な対話を通じ、サステナビリティや労働人権等に対する考え方を確認し、また意見交換する場を設けています」

「サプライヤーの皆様と共有している『持続可能なサプライチェーン行動ガイドライン』の実践状況を把握するため、2017年より、環境・社会性面の配慮が強く求められている商品を取り扱うサプライヤーに対して、アンケート調査を毎年実施しています。引き続き継続・強化していくつもりです」

――大連遠洋の事件を受けて、対策を具体的にどのように強化していくつもりですか。

「現時点で当社としてこれ以上お答えできることはありません」

三菱商事が人権侵害を防ぐ対策を取っていたというが、大連遠洋の船員が命を奪われる事態にまで発展した。

船員の「奴隷労働」を監視することはできないのか。次回はマグロを輸入する側の日本の現状を取り上げる。

=つづく

取材協力 Basten Gokkon、 Philip Jacobson (Mongabay)

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