神奈川県横須賀市で、大規模な石炭火力発電所の建設が着々と進んでいる。東京電力グループと中部電力が出資する「JERA」という会社の発電所だ。発電所のCO2の排出量は年間726万トン。横須賀市内のCO2排出量の4倍だ。
横須賀市は、温暖化対策を担う環境大臣・小泉進次郎氏の地元だ。大量のCO2を排出する石炭火力に批判が強まる中、環境大臣の選挙区で建設が堂々と行われているのだ。
環境大臣に就任した記者会見でこの点を聞かれた小泉氏は、この発電所については何もしない意思を示した。Tansaの取材にも応じない。
地元の住民は横須賀での石炭火力を止めるため、国を相手取って裁判を起こした。
環境問題に取り組むNPO「気候ネットワーク」のレポートによると、石炭火力からのCO2排出は日本の全排出量の2割を占める。電力の中では日本政府によると6割だ。
日本政府は今年4月、温室効果ガスについて「2030年度までに2013年度比で46%減らす」と宣言した。従来の目標は同じ期間で26%削減するというものだったが、一気にハードルを上げた。日本を含む世界の国々はパリ協定で、気温の上昇を18世紀の産業革命前に比べ1.5度以内にとどめる目標を立てたが、このままでは達成できないからだ。
石炭火力にとっては大逆風だ。そんな中、JERAはなぜ新たな発電所の計画を実現できたのか。そして小泉大臣はなぜ建設を止めようともしないのか。
電力会社が石炭にこだわる理由
JERAが建設を進める石炭火力の敷地には元々、石油とガスを燃料にした東電の火力発電所があった。1960年に稼働を始め、高度経済成長を牽引した京浜工業地帯に電力を供給した。
だが2010年に発電所は稼働をやめた。経済成長の鈍化と共に電力の需要が減り、発電所も老朽化したからだ。原発事故後の電力不足に対応するため2011年7月に再稼動したが、それも2014年4月にはやめている。
古い発電所を取り壊し、石炭を燃料にした火力発電所を新たに作る計画が持ち上がったのは2016年のことだ。
2016年といえばパリ協定が発効した年だ。世界は温暖化を防ぐための「脱炭素」に邁進していた。しかし、日本の電力会社はまだ石炭火力にこだわっていた。なぜか。
日本の石炭火力発電所の問題を研究している京都大学地球環境学堂・学舎・三才学林のグレゴリー・トレンチャー教授はいう。
「日本の大手電力会社は、自然エネルギーへの専門性が低い。専門性が高いのは火力発電所と原発だ。自分たちの競争力を発揮するために石炭火力にこだわる」
実際、東電グループが2016年度に売った電力の電源構成は、以下のようなものだった。
天然ガス(LNG)火力 65%
石炭火力 20%
石油火力 4%
買い取りの自然エネルギー 4%
水力 3%
太陽光、風力、小規模水力、バイオマス、地熱 3%
その他 1%
自社で発電した自然エネルギーは水力も合わせ、6%しかない。同年度、ドイツは29%が自然エネルギーだ。
とはいえ日本も、ここから脱炭素の流れを加速する。日本もパリ協定を批准しており、石炭火力はどんどん追い込まれていたからだ。
だがJERAには石炭火力を新たに作るための奇策があった。
1970年代の数字を持ち出す「ごまかし」
発電所の建設では、国は電力会社に対し「環境アセスメント」という手続きを定めている。大気汚染や騒音など発電所が周辺地域に及ぼす影響を、事前に評価する制度だ。
だがこの手続きを簡略化して建設のハードルを低くできる特例がある。効率が悪く古い発電所を新しくすることで、排出するCO2を減らせる場合だ。「火力発電所リプレースに係る環境影響評価手法の合理化に関するガイドライン」という。
国はこの特例を、地球温暖化を防ぐ対策として作った。古い発電所でCO2をたくさん出しているならば、一刻でも早く新しい発電所に切り替えてCO2を減らそうという発想だ。
JERAは横須賀の石炭火力計画を「古い発電所よりもCO2を出さない」として、その特例を利用した。
ところがそれは、かなりのごまかしだった。
横須賀の古い発電所は2014年から稼働しておらず、現在はCO2を出していない。つまり現況はゼロだ。
にもかかわらずJERAは、1970年代初めに旧発電所が排出していた年間1,066万トンと、新発電所の排出予定量の年間726万トンとを比較し「CO2は減る」と主張していたことが発覚した。
いつの時点の排出量と比べているかJERAが記していなかったため、建設に反対する訴訟で住民側の弁護士を務める小島延夫氏らが調べた。
旧発電所は時代と共に稼働率が下がり、CO2の排出量も減っていった。2009年は245万トンだ。しかしJERAは、旧発電所の全盛時の数字を引っ張ってきて比べていたのだ。
経産省は旧発電所の利用率のデータを持っている。つまり、JERAが提出してきた旧発電所のCO2排出量がいつのものか、把握できる。
しかし所管の経産省は2018年11月、環境アセスに関するこの特例を認めてしまった。
小島弁護士がいう。
「彼らは新たな発電所がCO2の排出削減にならないことをことをよく知っている。日本のど真ん中、東電と経産省とでそういうフェイクをやるとは思わなかった」
今は稼働しておらずCO2を出していない状態にもかかわらず、新たにCO2を排出することになる建て替えに対して、なぜ特例の「リプレースガイドライン」の適用を申請したのか。TansaはJERAの広報室に質問状を出した。
JERAはこう回答した。
「環境影響評価手続きを開始した時点では長期計画停止中であり、必要に応じて再稼働が可能である」
「火力発電設備のライフサイクルを考慮すると、長期間の稼働とともに、熱効率の低い発電設備の利用率が低下することは必然であり、熱効率が高い発電設備に更新するのがリプレースの本質である」
つまりJERAは「今は稼働していなくても必要な時に再稼動ができるようにしていた。今回の建て替えは新設ではなく再稼動にあたるので、古い発電所よりもCO2を削減できる設備であれば特例は認められる」と考えているのだ。
ではなぜ1970年代初頭の稼働率「85%」を持ち出して、CO2の排出量を比較するのか。
JERAは、新旧の発電所の排出量比較について、リプレースガイドラインが「設備利用率を同一として算出する」と定めていることを回答で挙げた。新発電所でJERAは85%の稼働率を想定しているので、その数字と同じ1970年代の稼働率とを比較しているのだ。
小泉大臣沈黙の理由
環境アセスでは、環境大臣も意見を述べることになっている。前環境大臣の原田義昭氏は2018年8月、横須賀石炭火力の環境アセスについて、経産大臣の世耕弘成氏に意見書を出した。次のような内容だ。
「日本は2016年にパリ協定を批准し、温室効果ガスの削減に取り組む必要がある」
「世界銀行をはじめ、外国の大手銀行は石炭火力への投融資をやめている」
「横須賀に建設予定の石炭火力は、新たに年間726万トンのCO2を排出することから、環境保全で極めて高いリスクを伴う」
原田は2019年8月には、東電社長の小早川智明氏を大臣室に呼んだ。そこで、石炭火力発電所全般について「極力抑制すべきだ」という内容の手紙を渡した。
しかし翌月の2019年9月、原田氏から環境大臣を引き継いだ小泉氏は、トーンダウンする。
大臣に就任した2019年9月11日の記者会見で小泉氏は、環境問題の専門紙「環境新聞」の小峰純記者に横須賀の石炭火力について質問された。
「あなたの選挙区には横須賀石炭火力があって、今年の8月に環境アセスメントの手続きを終えました。4、5年先にはCO2をもくもくと出すんです。あなたは気候変動だなんだど綺麗事いってますけどね、いっそのこと東京電力の小早川社長を呼んで中止したらどうかといったらどうですか。まずは隗より始めたらどうですか」
小泉大臣は「横須賀はいいとこですよ。ぜひ来てください」と応じ、こう答えた。
「石炭火力は減らしていきますよ。それは日本政府の方針ですもの。私もそうなるべきだと思っています」
「だけど政治家というのは、選挙区から選出されていることを地元の皆さんに感謝しつつ、日本全体、世界の中の日本ということを考えて仕事をするのが役割と思います。特に大臣という立場においていえば、横須賀だからということで、何かをやるっていうことは、私は大臣としては、それは違うというふうに思います」
小泉大臣は横須賀の石炭火力について本当は何を考えているのか。Tansaは環境省の広報室を通じて小泉大臣に取材を申し込んだが、多忙を理由に断られた。
小泉大臣のことをよく知る自民党関係者が取材に応じた。その関係者は小泉大臣の胸中を次のように推察した。
原発を動かすくらいなら石炭火力をやる方がいいという思いが、小泉大臣の根底にある。
横須賀の石炭火力に反対しないのは、法的な手続きである環境アセスが経産省の担当だから。経産省と事を構えてまで反対の声をあげたくない。
そもそも横須賀では石炭火力に反対している人が少ない。野党や市民団体がたまに反対のデモをやっているぐらいで、その数も少ない。
環境大臣は動かない。横須賀をはじめとする三浦半島の住民の一部は、石炭火力を止めるため裁判という手段に出ている。次回はその裁判の中身をお伝えする。
=つづく
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この記事は、オーストラリアの財団「Judith Neilson Institute」の「アジアンストーリーズプロジェクト」からの支援を受けている。プロジェクトには「オーストラリア財務レビュー」(オーストラリア)、「メディア・発展センターベトナム」(ベトナム)、「KCIJニュース打破」(韓国)、「マレーシアキニ」(マレーシア)、「テンポ」(インドネシア)、「トーティスメディア」(イギリス)が参加している。
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