ミャンマー見殺し

ニューズウィークが記事取り下げ/日本ミャンマー協会からの抗議受け(4)

2021年07月16日14時00分 渡辺周

ニューズウィーク日本版が、一般社団法人日本ミャンマー協会からの抗議を受けて、ウェブサイトに掲載していた記事を取り下げた。取り下げた記事では同協会の渡邉秀央会長を、国軍トップとのパイプを持つ「日本のODAビジネスの黒幕」と指摘していた。

記事を執筆したのは日刊ベリタの永井浩氏で、ミャンマー取材のベテランだ。ニューズウィークは、日刊ベリタの永井氏の記事を転載していたが、読者に説明がないまま突然記事を取り下げた。

永井氏は「検証と説明がないまま、記事を取り下げるのはジャーナリズムの自殺行為だ」と話す。

ニューズウィークはなぜ記事を取り下げたのか?

永井浩氏の記事を転載してきたニューズウィーク日本版=ニューズウィーク日本版のウェブサイトより

「多くのアクセス」で喜んでいたニューズウィーク

ニューズウィークは1933年にアメリカで創刊した。国際情勢を伝える老舗雑誌で、日本版は1986年の創刊だ。

永井氏は毎日新聞の出身で記者歴は56年。退職後はネットメディアの日刊ベリタを創刊した。今は、記者として日刊ベリタで執筆している。ミャンマー取材の経験は、アウンサンスーチー氏が自宅軟禁から解放された1995年以来26年間に及ぶ。

今年2月の国軍によるクーデターでミャンマー情勢が悪化する中、ニューズウィークは日刊ベリタの永井氏のミャンマー関連記事に関心を持ち、デジタル版で転載させてほしいと依頼した。転載料は無料。永井氏と日刊ベリタの大野和興編集長は、記事が日刊ベリタからの転載であると明記することを条件に了承した。

4月5日にニューズウィークへの転載が始まった。初回は「繰り返されるミャンマーの悲劇 繰り返される『民主国家』日本政府の喜劇」。その後は、2本目の「日本の対ミャンマー政策はどこで間違ったのか 世界の流れ読めず人権よりODAビジネス優先」、3本目の「『日本のお金で人殺しをさせないで!』ミャンマー国軍支援があぶり出した『平和国家』の血の匂い」と続いた。

記事は好評で、ニューズウィークの編集者から永井氏にはメールがあった。

「毎回多くのアクセスがあり、喜んでいます」

突然の取り下げ通告

ところが5月31日、ニューズウィークの編集者から永井氏に「ニューズウィークに日本ミャンマー協会から内容証明文書で抗議が届いた」と連絡が入る。文書の内容について詳しい説明はなく、永井氏が不審に思っていたところ、今度は6月4日に編集者からメールが来た。

「日本ミャンマー協会からクレームが来ていた記事2本を、弁護士のアドバイスと、1週間の回答期限が近いことに伴い、今日取り下げさせていただきました」

取り下げた記事2本とは、以下の記事だ。

「クーデター直前にスーチー氏と国軍トップと会見した日本のODAビジネスの黒幕 狙いは何か?」

「利権がつなぐ日本とミャンマー『独自のパイプ』 ODAビジネスの黒幕と国軍トップがヤンゴン商業地開発で合弁事業」

この2本の記事に対し、日本ミャンマー協会は何を問題視したのだろうか? ニューズウィークは永井氏にも読者にも説明していない。

だが日本ミャンマー協会からの抗議は、実は記事の提供元である日刊ベリタにも来ていた。それを読めば、協会が問題視したことが見えてくる。

日本ミャンマー協会「要求に応じなければ法的措置」

日本ミャンマー協会が、日刊ベリタに対して抗議文を送ったのは5月18日。ニューズウィークに抗議が届く10日以上前だ。

抗議は、日刊ベリタでは4月16日付で掲載された「クーデター直前にスーチー氏と国軍トップと会見した日本のODAビジネスの黒幕 狙いは何か?」に対してだった。記事が「事実に反する」と主張し、記事の撤回と謝罪を渡邉会長名で要求した。要求に1週間以内に応じなければ、「法的措置を取らざるを得ない」と通告していた。

抗議内容は以下のようなものだ。

「永井氏の記事では、渡邉会長が『日本のODAビジネスの黒幕とみられる』と書いているが、渡邉会長は黒幕ではない」

「日本ミャンマー協会について『ODAビジネスの巣窟とも見える』とも書いているが、渡邉会長が悪者の隠れ家の主であるかのような印象を与えるもので、事実に反し、公正な論評とはいえない」

「渡邉会長は、日本ミャンマー協会の会長として、私利私欲、権力欲からの発想ではなく、真に日本とミャンマー両国の今後100年の大計と将来のため、自信と責任を持って、両国のため、様々な活動に邁進してきた」

これに対して5月31日、日刊ベリタは抗議文の全文と、それに対する永井氏の反論を掲載した。反論は次のような内容だ。

「渡邉会長がミャンマーの国軍関係者と太いパイプを持ち、日本のODAビジネスに大きな影響力を発揮できる存在であることは、ミャンマー人、ミャンマーでビジネスに関わっている日本人、長年ミャンマー情勢を追っているジャーナリストの一致した見方だ。『私は黒幕ではありません』と主張しても、周囲からは『黒幕とみられている』のは動かしがたい事実だ」

「『ODAビジネスの巣窟とも見える』が事実に反すると渡邉会長は主張する。しかし、ミャンマーでのビジネスに参加している日本企業の多くが日本ミャンマー協会の会員企業であることはまぎれもない事実だ。また協会は、今回の国軍の残虐な弾圧に対して声明の一つも出さず、なかには国軍系の企業と提携している会員企業まである。在日ミャンマー人は、『悪者』が集まる拠点である『巣窟』として日本ミャンマー協会に抗議している」

永井氏はこの反論記事もニューズウィークで転載してもらうため、編集者にメールした。だが転載されることはなかった。

日刊ベリタが掲載した日本ミャンマー協会からの抗議文全文と、それに対する反論の全文は以下から読める。

【日本ミャンマー協会の渡邉会長からの抗議文】

【日刊ベリタの永井氏の反論文】

国軍に抗議しない日本ミャンマー協会の前で、抗議活動をする在日ミャンマー人ら=2021年4月14日、渡辺周撮影(C)Tansa

ニューズウィーク「事実確認に限界」

ニューズウィークが永井氏の記事を取り下げた判断は、何を根拠にしているのだろうか。

Tansaは、ニューズウィーク日本版の発行人である小林圭太氏と、編集長の長岡義博氏あてに、取り下げについての見解を問う質問状を出した。

ニューズウィークからは、小林氏と長岡氏ではなく、デジタル編集部長の江坂健氏から回答があった。

江坂氏は記事の取り下げについて「適切」だと答え、次のように理由を記した。

「日刊ベリタより転載させていただいた記事に関して、事実誤認箇所の指摘があり、当編集部では、その事実確認に関して限界があると認識し、記事を取り下げさせていただいた」

だが永井氏は、掲載する側の責任について語る。

「記事がニューズウィークの専属スタッフのものでないにしても、転載責任者としてまず該当記事の執筆者に抗議があったことを伝え、疑問点をただすのが編集者のイロハだ。同時に、編集責任者が独自に問題点を検証する必要がある」

その上で、永井氏が大切だと強調するのは「読者への説明責任」だ。ニューズウィークが、読者に記事取り下げの経緯を説明していないことについて、永井氏はいう。

「今回のことで一貫しているのは、ジャーナリズムの精神とは無縁な、事なかれ主義と責任逃れの姿勢だ」

本当に「事なかれ主義と責任逃れの姿勢」が原因なのだろうか? Tansaはニューズウィークへの質問状で、読者に記事を取り下げた経緯を説明しない理由も問うた。以下の回答が返ってきた。

「記事提供元の日刊ベリタと日本ミャンマー協会の間で、事実誤認の指摘の当否の結論がついた後に、記事再掲載などの対応をさせていただく予定です」

=つづく

 

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