消えた核科学者

カーン博士にはピリピリしても(23)

2020年06月02日14時06分 渡辺周

(読むために必要な時間) 4分10秒

CIA(米中央情報局)からワセダクロニクルに届いた文書。竹村達也さんの情報はまだ見つかっていない

警察庁の「拉致の可能性を排除できない事案に係る方々」のリストには、核兵器の開発技術に貢献できる人材が何人も含まれていた。

ロボット制御を研究していた若者。精密工作機械会社の元社員で、海外で技術指導をした経験のある男性――。

茨城県東海村で行方不明になった竹村達也さんは、旧動燃の「プルトニウム製造係長」だった。彼が身につけていた技術や知識は、核兵器開発のどんなプロセスに使われる可能性があったのか。

私は、旧動燃のプルトニウム燃料部で竹村さんの部下だった2人の科学者に会った。

1人は、まずこう断った。

「竹村さんは、原発の燃料にするためのプルトニウムの酸化物を扱っていましたが、核兵器を作るにはまた別の知識がいります」

「仮に竹村さんが北朝鮮でそういう仕事をさせられていたとしても、核兵器開発をするには20年はかかると思います」

その上でいった。

「竹村さんがやるとすれば、(核兵器に使う)プルトニウムの取り扱いをやるんだと思いますね。プルトニウムは温度が変わると結晶形態が変わり、重さも変わる。取り扱うのが非常に難しいんです」

もう1人の竹村さんの部下も、プルトニウムの取り扱いの腕が役立つ可能性を指摘する。

「核兵器の開発にはプルトニウムが必須ですが、プルトニウムは一粒か二粒体内に入るだけで肺がんになります。放射性物質を扱うための密閉容器『グローブボックス』を使う技術が必要です。北朝鮮はその技術を持つ人材が必要だったはずです」

彼は竹村さんのことを、アメリカの研究所に留学して技術を吸収した「第一世代」と呼ぶ。

「そんな第一世代の人がもし北朝鮮で核兵器の開発に携わっていたとしたら、かなり重要な役割を担っているんじゃないだろうか」

竹村さんの技術が、北朝鮮の核兵器開発に使われている可能性は大きい。にもかかわらず、日本の警察や、日本原子力研究開発機構(旧動燃)の動きは鈍いのだ。

IAEA「核の闇市場は巧妙に活動」

2004年にある科学者と北朝鮮との関わりが発覚した時、日本政府に緊張が走った。

その男の名は、アブドル・カディール・カーン。パキスタンで「核開発の父」といわれる国民的な英雄だったが、2004年2月、パキスタンの国営テレビで、北朝鮮やリビア、イランに核兵器に使える技術や機器を流していたことを告白した。

「核の闇市場」が存在するーー。

世界中が戦慄した。国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長は、カーン博士が告白した翌日、「カーン博士は氷山の一角だ。核の闇市場は巧妙に活動している」と語った。

日本では、カーン博士の告白があった年の12月、参議院で「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」が開かれ、町村信孝・外務大臣のが次のように述べている。

「ウラン濃縮計画については、2002年10月のアメリカ代表団が訪朝した際に北朝鮮側がアメリカに対してウラン濃縮計画の存在を認めたと、こうされているわけであります」

「日本も例のパキスタンのカーン博士による証言を含めて関連情報の収集に努めているところ」

2009年6月には、衆院外務委員会で伊藤信太郎・外務副大臣がこう答弁した。

「カーン博士は、(北朝鮮を)数次訪れていまして、北朝鮮を初めとするパキスタンの国外への核関連技術の輸出に関与したことを明らかにした」

「我が国としては、いかなる形であれ北朝鮮等に対して核関連技術の流出があったことは、国際社会の平和と安定また核不拡散体制を損なうもので、極めて遺憾」

これらの政府の答弁からは、日本がアメリカをはじめ国際社会と連携して、北朝鮮への核技術の流入を防ごうとする姿勢が見られる。

では竹村さんの失踪事件について、日本政府は、諸外国政府と連携して調査しているのか。

ワセダクロニクルは、CIA(米中央情報局)に情報公開請求をかけ、アメリカに竹村さんの失踪事件に関する情報がないか探した。だが今のところ、その記録は見つかっていない。

=つづく

  • 竹村達也さんについての情報をお待ちしています。強力なセキュリティをかける連絡方法も用意しています。プロバイダーがあなたの通信内容を政府機関に提供したり、政府機関が何らかの方法であなたの通信内容を把握したりすることは不可能になります。こちらをお読みいただき、情報をお寄せください。
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