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動燃と茨城県の勝田署(現ひたちなか署)は竹村達也が失踪した当時、緊密な関係を維持していた。「動燃が扱う核物質を『過激派集団』から守る」ためだ。おもな監視対象は動燃の労働組合だった。
竹村が失踪した直後には、勝田署の刑事が「北へ連れて行かれたな」といっている。それならば当然、竹村の失踪後も動燃と勝田署は事件を追い続けたのではないか。
私は動燃の総務系の人物を探した。総務は労組と正面で向き合う会社側の組織だからだ。
入手した職員名簿を手がかかりに、あるOBを見つけた。動燃東海事業所の総務課長や本社の総務部長、動燃理事長の秘書役を歴任している。技術系エリートの竹村よりは10歳年下の総務系エリートだ。
そのOBは、核燃料を再処理してプルトニウムを取り出す許可を得るためのアメリカとの交渉も経験している。竹村はアメリカの国立アルゴンヌ研究所に留学し、アメリカの原子力技術を吸収した人材である。失踪については当然調べているはずだ。そう期待して自宅を訪れた。
私は、竹村の顔写真を見せた。
「存じ上げないなあ。このお顔を拝見するのは初めてです」
OBは麦茶を私に出した後、写真をまじまじと見ていった。
ーー失踪といわれていますが、北朝鮮に拉致された疑いがあります。
「プルトニウム技術者の失踪事件、ましてや拉致の疑いがあるとなったら大変なことです。重大事項として引き継がれるはずです。でも引き継がれていないし、聞いたこともない」
「私は東海事業所の総務課長をやっていますからね。理事長の秘書も務めた。日本でも核燃料を再処理してプルトニウムを持てるようにする交渉を、下働きではありましたがアメリカとしてましたから。こんな重要なことがあれば耳に入ってくるはずですがね。不思議だなあ」
OBは首を傾げた。
ーー勝田署と動燃の総務は、労働組合の監視でコミュニケーションを取りあっていたのではありませんか。
「ええ、カツケー(勝田警察署)とはよくコンタクトとっていましたね。茨城県警本部とも年に1回か2回の付き合いはあった。でも本当に竹村さんのことは聞いていないんですよ」
核物質を「過激派集団」から守る目的で、警察と協力していた動燃が、竹村の失踪事件については何も知らない、引き継ぎもないということがあるのだろうか。
「退職後は追いません」
動燃は今、日本原子力研究開発機構となっている。私が電話すると、広報部報道課の副主幹が対応した。電話口で失踪事件の概要を語り、北朝鮮に拉致された疑いがあることを告げると、副主幹は3秒ほど沈黙した。
「ああ、そうなんですね」
竹村のことは初耳らしかった。改めて面会取材の約束を取り付け、竹村の在職中のこと、失踪後の動燃の対応を質問事項として伝えた。
東京都千代田区にある機構の東京事務所に出向いた。19階に上がると広報部の次長と副主幹が応対した。質問に答えたのは、主に次長だ。しかし次長が竹村について答えたのは、入社と退職の年月日、最後にいた部署が技術部検査課であることだけだった。
「国の研究機関で独立行政法人なので、独法の個人情報保護法に基づかなかればなりません。本人の同意なしに軽々にお話することはできません」
竹村は失踪している。同意など取りようがない。
――警察は公開捜査をしていますよ。機構に失踪した記録は残っていないのか。
「失踪は退職の後なので追っていません。あくまでうちにいる時の記録しか分かりません。どこの会社さんもそうだと思いますが、退職したところで終わると思うんですよ。個人情報に関わることですし」
しかし竹村は核技術を持った人材だ。国家の安全に関わる。そんな人物が失踪したとなれば、政府や核兵器の不拡散に取り組む国際原子力機関(IAEA)に報告する必要があるのではないだろうか。
「今であれば、我々の技術は機密情報でもあるので、規定に則らないと罰則があります。ただ、当時がどうなっていたかは分かりません」
そして、次長はいった。
「(竹村が失踪した)昭和47(1972)年は、私が生まれて数年しか経ってない。副主幹なんて生まれてない頃です。当時は警察と総務部が労組対策で連携していたとは……。我々は平和な時代に仕事をさせていただいているんですね」
私は、取材で出会った動燃の元科学者たちは「北朝鮮がミサイルを発射するたびに『自分たちの技術が竹村さんを通じて使われていたらどうしよう』という思いがある」といっていることを伝えた。
次長と副主幹は「IAEAや政府への報告義務が当時あったかについては、引き続き調べて回答する」と約束した。
(敬称略)
=つづく
*北朝鮮による拉致の目的とは何か、日本は核を扱う資格がある国家なのか ──。旧動燃の科学者だった竹村達也さんの失踪事件について、独自取材で迫ります。この連載「消えた核科学者」は「日刊ゲンダイ」とのコラボ企画です。「日刊ゲンダイ」にも掲載されています。
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