消えた核科学者

プルトニウム製造係長の失踪(1)

2020年04月07日11時40分 渡辺周

      • (読むために必要な時間) 1分50秒

    太平洋に面する旧動燃(現・日本原子力研究開発機構)の周辺には原発もある=2020年3月29日午後3時19分、茨城県東海村

    2011 年の東日本大震災当時、私は朝日新聞の記者だった。

    翌2012年夏、東日本大震災後の原発のあり方を取材するため、旧動燃(現・日本原子力研究開発機構)の科学者のオフィスを訪れた。1960年代から動燃で原発の研究に打ち込んできた人物だ。 オフィスは東京の港区にあった。

    インタビューを終え、ノートを閉じて席を立とうとした時、その科学者は私を呼び止めた。

    「君は事件取材の経験はあるの?」

    「殺人や汚職など事件取材の経験ならあります。何か事件があったんですか?」。私は尋ねた。

    するとその科学者は「実は、相談がある」といい、「竹村達也」という人物の名前を挙げた。

    「竹村さんはかつて私の上司で、動燃のプルトニウム製造係長を務めた人物なんだ。その竹村さんが1972年、茨城県東海村にある動燃の独身寮から突然、失踪したんだ」

    「私より10歳くらい上だから、生きていたら80近くだね。彼の失踪事件が、今でも気になって頭の中にこびりついている」

    なんでそんな昔の話が気になるのだろう。そう尋ねると、科学者はいった。

    「竹村さんは、北朝鮮に拉致されたかもしれないんだ」

    プルトニウムは核兵器の原料になる。その製造に携わっていた人物がいなくなれば、核技術が漏洩するリスクが高まる。パキスタンのカーン博士による「核の闇市場」を通じ、北朝鮮に核技術が伝わったと2004年に発覚した時は、国際問題になった。科学者は続けた。

    「私と同世代の動燃の科学者が同窓会をすると、いつもそのことが話題になる」

    「彼の愛車が、独身寮の駐車場に停めたままになっていた。ナンバーは『3298』で『ミニクーパー』と読める。カローラなのにミニクーパーとは面白かったから、よく覚えているんだ」

    失踪事件は珍しくない。例えば借金での失踪はよくある。しかし科学者ら同年代の仲間が、竹村の失踪を北朝鮮による拉致だと疑う理由があった。

    竹村の失踪直後、その科学者は茨城県警の刑事から「忘れられない一言」を聞いていた。

    (敬称略)

    =つづく

    連載「消えた核科学者」を始めます。 北朝鮮による拉致の目的とは何か、日本は核を扱う資格がある国家なのか ──。旧動燃の科学者だった竹村達也さんの失踪事件について、独自取材で迫ります。この連載は「日刊ゲンダイ」とのコラボ企画です。「日刊ゲンダイ」にも掲載されています。

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