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先端医療研究支援機構(ACRO)の経理資料=2019年12月10日、東京都内 (写真は一部加工しています)
中外製薬は、自社の乳がん抗がん剤の臨床試験を有利にするため、NPO法人先端医療研究支援機構(ACRO=アクロ)を通じ、臨床試験担当医師団に巨額の資金を流しているのではないかーー。
乳腺外科医の尾崎章彦(34)とワセダクロニクルは、共同でその資金の探査を始めた。
探査中の2018年秋、ACROの関係者Xから、「資金の流れの証拠がある」と連絡が入った。内部告発だ。
Xと東京都内のカフェで会った。Xは「ACROは単なるNPOじゃない。製薬会社の資金をロンダリング(洗浄)し、医師に提供するための組織なのだ」といい、USBメモリを差し出した。
600枚の内部資料
Xが差し出したUSBメモリには、フォルダごとに整理されたACROの資料が詰まっていた。
様々な製薬会社からの寄附金の受け入れ状況、コンビニエンスストアで買った打ち合わせ用の飲料代……。
その数、600枚超。
私たちは単刀直入に聞いた。
「まずは、中外製薬が乳がんの抗がん剤を試す臨床試験にヒモ付けて資金を出したことが、最も分かりやすい証拠はどれか教えてほしい」
Xは、その中の1枚のファイルを開くよう指示した。
ファイルを開けた。
資料にはこんなタイトルが書かれていた。
- 〈 平成18年度・19年度・20年度 JBCRG-04 収支明細表 〉
その代表は聴取した乳腺センター長
資料のタイトルにある「JBCRG」とは、「Japan Breast Cancer Research Group」の略だ。「日本乳がん研究グループ」とでも訳そう。乳がん患者を対象に臨床研究をする医師のグループで、2002年に発足した。
その代表を2012年から務めているのが、がん研究会有明病院乳腺センター長の大野真司だ。尾崎医師を3度にわたり聴取した、あの重鎮医師だ。そのほかのメンバーも、日本の乳がん分野で著名な医師たちが名を連ねる(*1)。
この研究グループが、中外製薬の抗がん剤「ゼローダ」の効果を試す臨床試験を実施した。そして、「乳がん患者の再発リスクが劇的に減る」という結果を海外の一流医学ジャーナルに論文(*2)として発表した。世界のほかのグループから「大した効果はみられない」という論文も出ていた後だった。
JBCRG04の「04」とは?
Xは「この団体が実施した臨床試験に付けられた番号のことで、『04』は、乳がんの抗がん剤ゼローダを試した臨床試験です」といった。そのことは、JBCRGのウェブページにも記載されている(*3)。
この資料が、問題の臨床試験の経理資料だということはわかった。
問題の臨床試験をめぐって、どんなカネが動いたのか。それを次にみていく。
「入金先」は中外製薬
「収支明細表」には以下のような項目が記載されている。
まず、「入金先」をみてほしい。
そこには、「中外製薬(株)」と記載されている。つまり、こういうことになる。
- ・ この「収支明細表」は問題の臨床試験の経理資料である
- ・ その臨床試験のために、中外製薬は「寄付」という形でACROに入金した
- ・ 資金は2006年9月から2008年9月にかけて計1億3,400万円だった
Xは「中外製薬の資金は、自社の抗がん剤を試す臨床試験にヒモ付いていた、ということです」と説明した。臨床試験が始まったのは2007年2月だ。この経理資料は、試験が始まる半年前から試験初期にかけ、中外製薬からの資金が流れ込んでいることを示している。
尾崎は「臨床試験が始まる時から中外製薬のヒモ付きだったんですね」といった。
私たちはその後もXと面会を重ね、中外製薬の資金が臨床試験とヒモ付いている証拠をACROの内部資料から特定していった。
(敬称略)
=つづく
【脚注】
*1 JBCRG「役員一覧」、 JBCRGウェブページ(2019年12月10日取得)。
*2 Masuda, Norikazu and Soo-Jung Lee eds., 2017,”Adjuvant Capecitabine for Breast Cancer after Preoperative Chemotherapy,” The New England Journal of Medicine, (Retrieved December 9, 2019).
*3 JBCRG「臨床研究一覧」、 JBCRGウェブページ(2019年12月10日取得)。
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