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警察庁は今、120万件ものDNAを「被疑者DNA」としてデータベースに登録している。国民の100人に1人にあたる数だ。
DNA(デオキシリボ核酸)のデータは「究極の個人情報」といわれ、捜査では犯行現場に遺されたものとデータベースに登録しているものとを照合し犯人の特定に役立てる。だが「被疑者」が120万人もいるのだろうか。
データベース登録数は、2009年は7万4千件だった。それが一気に16倍に増えた。この10年で何があったのか。
調べていくと、大きな転機があった。2010年に始まったある研究会だった。
皇居の桜田門のそばにある東京・霞が関の警視庁。全国の都道府県ではDNA登録件数が最大となる東京都を管轄している。東京での登録件数は57人に1人になる計算で、割合でも最大だ=2019年11月15日午後4時12分、東京都千代田区永田町1丁目
取り調べの可視化と「引き換え」に
その名は「捜査手法、取り調べの高度化を図るための研究会」。2010年から2年間、開かれた。
国家公安委員長の主催で、メンバーは警察と検察のOBや弁護士、社会学者やジャーナリストだ。
研究会の趣旨はこうだ。
ーー冤罪を防ぐため「取り調べの可視化」をすれば、自白を引き出すのが中心だった警察の捜査が弱くなるかもしれない。引き換えに、警察に強力な捜査手法を与えようーー
当時、取り調べの可視化に政治が動き出していた。不当な取り調べで自白の強要を迫られ冤罪を産んだ志布志事件や氷見事件などが大きな社会問題になった(*1)。
2010年2月5日。東京・霞が関の警察庁で第1回の研究会が開かれた。
中井洽(ひろし)国家公安委員長が挨拶した(*2)。国家公安委員会は警察を監督し、委員長は大臣に当たるポストで首相が任命する。当時は民主党政権だった。
「民主党のマニフェストに掲げている取り調べの可視化を実現するためには、可視化を実現している諸外国が持つような新たな捜査手法を捜査現場に提供する必要がある」
「我が国の捜査手法は、他の国と比較して取り調べの比重が極めて大きく、自白がないと真相解明はもとより検挙すらできないケースが多々ある」
「逆にいうと、それ以外の捜査手法は諸外国に比べて遅れているということでもあります。直ちに取り調べの全面可視化だけを行うとすれば、結果的に検挙水準を落としてしまうことがあると心配している」
「警察が一番熱心だった」
警察からしてみれば、取り調べ室を可視化することで自白が取りにくくなるという心配があった。ではどうするか。どんな方法を捜査現場に提供しようというのか。
研究会の委員には、日弁連から「取調べの可視化実現本部副本部長」として小坂井久弁護士が入っていた。大阪市にある小坂井弁護士の事務所を訪ねた(*3)。
小坂井弁護士はその狙いをこう指摘した。
「警察が一番熱心だったのはDNAデータベースだった。欧米は100万件レベルやのに、日本は桁が違う。欧米に追いつけ、追い越せで焦りがある感じやった」
「ほら、見てみ」。研究会の最終報告書を指差した。目次の「捜査手法の高度化」の章だ。
通信傍受の拡大や司法取引、潜入捜査など12の捜査手法を挙げているが、真っ先に「DNA型データベースの拡充」がある。
そこに外国での登録件数が書かれている。
「5カ国において30万件以上であるところ、そのうち米国は約830万件、英国は約560万件、フランスは約120万件であり、我が国(平成23年〈2011年〉12月末現在約19万件)と比較して多くのデータを有している」(*4)
拡充に前のめりになる警察に対し、どのような議論が交わされたのか。
=つづく
【脚注】
*1 日本弁護士連合会「取調べの可視化(取調べの全過程の録画)の実現に向けて-可視化反対論を批判する-(第3版)」2008年3月。
*2 捜査手法、取り調べの高度化を図るための研究会「捜査手法、取り調べの高度化を図るための研究会 最終報告」2012年2月、3頁。
*3 2019年10月31日。
*4 〈 〉はワセダクロニクル。
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