警察庁が、国民のDNA(デオキシリボ核酸)のデータ集めに躍起だ。
DNAは「体の設計図」といわれ、自分だけが持つ遺伝子情報だ。「究極の個人情報」といえる。口の中の粘膜を綿棒でこすれば簡単に採取できる。
警察庁は捜査の過程で集めた「被疑者」のDNAのデータベース化を進め、その数は120万件に達しようとしている。日本の総人口の100人に1人が警察にDNAを保有されている計算だ。
しかし、日本に120万人も犯罪の被疑者がいるのだろうか。
調べていくと、警察はDNAの採取対象を「微罪」に広げていた。
電柱に迷い犬の貼り紙をしただけの人もDNAを取られている。さらに「被疑者」が不起訴で罪に問われなくなっても、そのDNAがデータベースから削除されたかどうか、本人には分からない。
警察庁はDNAをデータベース化する理由として、「犯罪捜査に活用」することを挙げている(*1)。
だが、そこには問題がある。
DNAの採取に関する法律はない。採取する警察側の裁量に委ねられている。
なぜ法律を作らないのか。この状態を放置すれば、警察が国民すべての個人情報を持つ監視社会が到来するのではないか。
私たちは、DNAを警察に採取された人たちから話を聞くことにした。
愛知県では今年、ブラックバスを釣っていただけでDNAを採取された青年がいた。
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DNAの登録件数
【地図】青年がバス釣りをしていた現場
バイクで現れた警官
ここでは、20代のこの青年を「内野翔大」さんと仮名で記載する。
誹謗中傷を防ぐためだ。
2019年の1月3日の出来事から始める。
その日の午後2時頃、内野さんは愛知県あま市森南の農業用水路でブラックバス釣りをしていた。用水路は愛知県立美和高校の近くにあり、ブラックバス釣りの人気スポットだ。
内野さんは20代。3年前に精神的な不安から体調を崩し、仕事を辞めて自宅で静養していたが、このところ体調が回復して気分が前向きになり、そろそろ就職活動をがんばろうと思い始めていた。この日は乗用車を運転して趣味のブラックバス釣りにきていた。
内野さんはリール付きの竿を使って、用水路にかかる橋からルアーを投げていた。まだ正月の三が日で、他に釣り人はいなかった。
しかし当たりがない。内野さんは用水路の水際まで下りることにした。
用水路に沿って設置されている高さ約85センチのガードレールをまたいだ。そして、水際のコンクリートの護岸まで下りた。
それでも釣れない。内野さんがあきらめ、引揚げようと水辺に背を向けたときだった。後ろから声がした。
「ちょっと待っとって」
振り向くと、バイクに乗った警官が約8メートル離れた対岸にいた。
【動画】青年がバス釣りをしていた現場
「これは逮捕だな」
警官はバイクを対岸に停めたまま、内野さんに近づいてきた。背の高い、若い警官だった。
「入ったらいかんところって、分からんかった?」
「いえ、分かりませんでした」
内野さんは本当に立ち入り禁止とは知らなかった。
用水路には川に沿ってガードレールとフェンスがある。長さ約9メートルのガードレールが途切れると、金網が張られたフェンスが続く。「なかにはいらないで!」と書かれた看板は、内野さんが乗り越えたガードレールではなく、高さ約1.15メートルのフェンスに取り付けられていた。その看板は横60センチ縦45センチ。私たちが現場を訪ねた日、その看板はボウボウと生えた雑草で隠れていた。
当時、内野さんにはその看板は全く目に入らなかった。
「これまでにここに来たことは?」
警官は重ねて尋ねてきた。
「5、6回あります」
内野さんは正直に答えた。ガードレールを乗り越え、用水路まで下りたのは初めてだったが、この辺りではよく釣りをしている。そもそも、ここはブラックバス釣りの人気の場所だ。内野さんは「みんな、この辺りで釣りをしてますよ」と付け加えた。
警官はバイクに戻り、無線を手にした。応援を要請しているようだった。
内野さんは不安が募り心臓がバクバクしてきた。警官に尋ねた。
「僕、どうなっちゃうんですか?」
警官はいった。
「これは逮捕だな」
バイク2台とパトカーに挟まれて警察署に
内野さんは怖くなって再度聞いた。
「どうなっちゃうんですか?」
「逮捕かもしれない」
20分ほどして、別の若い男性警官が、これもバイクに乗ってやってきた。
後から来た警官は、内野さんをフェンスの前まで行かせ、看板を指差させた。その姿を写真に撮った。
同じその若い警官はさらに、釣りをしていた用水路の護岸も指を差させ写真を撮った。また、内野さんの車の横に釣り竿を持たせて立たせた姿も撮影した。
程なくして、パトカーがやってきた。
年配の男性警官が2人加わり、計4人の警官が内野さんを囲んだ。
内野さんは、精神的な不安から体調を崩すことがあると警官たちに伝えたが、お構いなしだった。
内野さんは逮捕はされず、津島署まで任意同行を求められた。津島署まで約15分。内野さんは前に2台のバイク、後ろのパトカーに挟まれ、自分の乗用車を運転した。警官の一人から「逃げないとは思うけど、バイクとパトカーの間に挟まれる形を取ってください」といわれたからだ。
ハンドルを握る手には冷や汗をかき、心臓のバクバクはより大きくなった。
内野さんは吐きそうになった。
*
内野さんは自身のDNAの削除を求め、名古屋地裁に提訴する。
=つづく
*1 警察庁「2 科学技術の活用」『平成20年 警察白書』2008年、警察庁ウェブページ(2019年9月5日取得)、佐藤敬司「最新の鑑定技術を駆使した犯罪捜査」『平成30年 警察白書』2018年、警察庁ウェブページ(2019年9月5日取得)など。
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