「グッド・モーニング、サー」
スミフルで働く人たちの間で、一番有名な日本人は「キダさん」に違いない。
年に2回ほど出荷工場にくるそうだ。みんなが「キダさん」と呼ぶその男性は会社側の管理職らしいが、どのような役職の人物なのかは分からない。背が高くてやせた感じ。メガネはかけてない。白髪。60歳から70歳くらい。出荷工場に姿を見せるときは英語と日本語を話す通訳がついていた。
「キダさん」はよく怒った。
休憩時間を少しでも過ぎると「なんで時間までに戻ってこないんだ!」と怒鳴った。バナナに貼るラベルが出荷用のコンベアに落ちていると「ラベルは高価なんだぞ!」と怒った。「なんでこんなところに髪の毛があるんだ」はしょっちゅうで、埃が付いてないか機器を指でぬぐい、身振り手振りで「汚い!」と怒鳴ったように見えた。
「キダさん」が来ると、みんなは「グッド・モーニング、サー(おはようございます)」と挨拶をするが、「キダさん」は出荷作業をする労働者たちには挨拶どころか声もかけない。
視察に来る「キダさん」はいつも怒っているので、やがて出荷工場の有名人になってしまった。
「そんなに怒るなら支給すべきよ!」
「統一労組ナマスファ」書記長のメロディーナ・ゴマノイ(43)は、「キダさん」からたいそう怒られたときの様子を手帳につけていた。2017年5月29日の出来事だ。
〈「キダさん」が午後3時の休憩をしていた労働者の写真を撮る。私たちが仕事を始めるのが遅いからといって、彼は怒った〉ーー
記録によると、ゴマノイたちは午後3時16分に職場に戻った。1分超過だった。
禁止されているサンダルで仕事をしている人がいて、写真を撮られたことも。ゴマノイは「ちゃんとした靴を買える給料をもらっていないわよ。そんなに怒るなら、きちんと支給すべきよ!」。
職場の監督役のリーダーは「『キダさん』が来るからきれいにしておいて」「『キダさん』が来るからちゃんと作業用の帽子をかぶっておいて」と、ゴマノイたちにいった。
手袋に穴が開いても
出荷工場で働くアリーシャ・ピイロ(54)の仕事はセレクター。19年のベテランだった。出荷工場に運ばれたバナナを等級別に仕分けする。大型の貯水槽につけられたバナナを水ですすぎながら、手際よく仕分けていく。
オレンジ色の作業用のゴム手袋は1ヶ月ももたないという。すぐに穴が開く。バナナの硬い部分で手を怪我をしても、バンドエイドは自分で購入しなければならない。水がかからないように腰に巻くビニル製のエプロンも、下腹部が貯水槽とスレて穴が開く。1ヶ月もてばいい。
穴が空いたら変えてくれと監視役に文句をいうと、「新しいのが支給されるまで待ってください」というばかりだ。
エプロンに穴が開くと体が濡れる。ピイロはバナナを包むビニル袋を腰に巻き、その上からエプロンをしていたことがあった。すると会社側から「会社の損失になるから」と注意された。
アローナ・ソト(38)は傷のあるバナナをはねるラインチェッカーが仕事だ。髪の毛が落ちないようにするヘアネット、ゴム手袋、エプロン、長靴、マスクは1年に1回支給さることになっているが、マスクが破れると自分で買わなければならない。
ソトの仕事は水を扱う仕事ではないので、作業中にゴム手袋をしていると暑い。ゴム手袋をつけないで作業しているが、普段は文句をいわれなかった。
職場の監督役のリーダーが「『キダさん』が来るから」というと、それはピイロやソトたちに新しい手袋やエプロンが支給される合図になった。
(敬称略、年齢は取材当時)
取材パートナー:特定非営利活動法人APLA(Alternative People’s Linkage in Asia)、国際環境NGO FoE Japan、特定非営利活動法人PARC(アジア太平洋資料センター)