インドネシア西ジャワ州・チレボン県のチレボン石炭火力発電所。日韓の商社や電力会社が建設したその石炭火力には、公害防止に日韓では必須とされている技術が使われていない。そのことを私たちは、シリーズの初回「公害経験国のもう一つの顔」で暴いた。2012年から稼働している1号機に続き、2号機と3号機の建設も予定されている。
日本と韓国が東南アジアの途上国に、自国の環境基準をクリアできない発電所をつくる。なぜなのか。
建設コストを抑えるためだ。そこには、発展途上国を軽く見る「構造的差別」があるのではないか。
私たちがこの問題を報じてから、日韓で大きな動きが出てきた。今回はそこに焦点を当てる。
◆ Here is English Summary
チレボン石炭火力発電所 インドネシアの西ジャワ州チレボン県にある。1号機は2012年から稼働しており、2号機と3号機が建設予定。事業費は1号機が960億円、2号機は2260億円、3号機は詳細が明らかになっていないが2号機と同規模とみられる。丸紅が中心となってチレボン・エレクトリック・パワーという現地の電力会社をつくって運営している。そこに、日本政府が全額出資する国際協力銀行(JBIC)のほか、韓国の政府系銀行も融資している。2007年にインドネシアの首都ジャカルタであった調印式には安倍晋三首相とユドヨノ大統領が立ち会った。
韓国中部電力社長「3号機は中断」、再生エネルギーへの転換を表明
韓国ソウル市にある韓国国会。2018年10月18日、産業通商資源中小ベンチャー企業委員会が開かれた。国政に関する産業や資源に関する政策を審議する委員会だ。この日は、午前10時過ぎから夜11時頃まで、丸一日をかけて国の予算が正しく使われているかどうかを調べる監査があった。
委員会の終盤、午後8時38分から、インドネシアのチレボン石炭火力発電所を対象にした監査が始まった。公営電力会社の韓国中部電力(KOMIPO)トップ、パク・ヒョング社長が招致された。
テーブルを挟んでパク社長と向き合ったのは野党・民主平和党のチョ・ベスク委員だ。検察官と裁判官の経験を持つ議員だ。
チョ委員:「(チレボン1号機の)設備には、排煙脱硫装置と排煙脱硝装置が設置されていますか?」
煙突からガスを排出する前に、大気汚染の原因となる硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)を取り除く装置のことだ。
パク社長:「設置されていません」
チョ委員:「韓国はどうですか? 中部電力だけではなく、他の発電所もこれらの設備(排煙脱硫装置と排煙脱硝装置)が設置されているでしょう」
パク社長:「はい、設置されています」
チョ委員:「石炭火力発電所に排煙脱硫装置と排煙脱硝装置を設置するのは当然なことです。パク・チョンヒ政権時代に、日本の化学工業会社が韓国の温山地域に作った発電所にはそのような設備がなく、約2,000人の住民が被害を受けました。大部分の住民が移住したんです。私たちは今、同じことを(インドネシアに対して)しているんです」
チョ委員はさらに、建設中のチレボン2号機についても言及する。
「二酸化硫黄と二酸化窒素の排出基準をみると、中部電力の保寧7、8号機の10倍を超える。韓国と(インドネシアは)環境基準が違うとしてもこれはひどいんじゃないですか」
チョ委員は、韓国では2030年ごろに再生エネルギーの原価が石炭より安くなるという見通しを明らかにした。
チョ委員:「目の前の利益だけを考えて投資するのが正しいでしょうか。チレボン3号機に対して引き続き投資しますか?」
チョ議員は追及した。
パク社長:「議員がおっしゃった通りです。チレボン3号機の建設は中断します。これからは再生エネルギーを進めます」
丸紅は「事業を推進」
その1ヶ月前の2018年9月18日。
商社の丸紅は、電力事業の方針転換を発表した(*1)。
自社が手がける世界の石炭火力発電所について、発電容量を半減し、新たな石炭火力発電所は原則つくらない。今ある発電所についても、環境への負荷を軽減するため新技術を導入する、という内容だ。具体的には以下のようなものだった。
●発電容量の合計を2030年までに世界で半減させる
●新しい技術の導入で環境負荷軽減を積極的に推進する
この丸紅の方針転換の知らせは、チレボン火力があるカンチクロン村の住民、サルジュム(39)に届いた。国際環境NGOの FoE Japan のメンバーから連絡があった。サルジュムは昔は漁師だったが、チレボン火力の建設で魚が獲れなくなり、いまは自動車修理の溶接工をしている。
丸紅はチレボン石炭火力への最大の出資者だ。
「チレボンの発電所もやめてくれるのではないか」
サルジュムはそう思った。
サルジュムは10月15日、発電所に反対する住民グループのリーダー、モハマド・アーン(33)と相談し、連名で丸紅の國分文也社長に手紙を出した。共に発電所に反対しているインドネシアの環境NGOワルヒ(WALHI)のメンバーに英訳してもらった。
「チレボン1号機をすぐに閉鎖し、2号機の建設もただちに中止して欲しい。3号機の計画もこれ以上進めないで欲しい」
発電容量を世界で半減するなら、チレボンからも手を引くと表明するのではないか。そんな期待を込めた手紙だった。
丸紅からの返事はない(*2)。
ワセダクロニクルはサルジュムの手紙の経過を聞き、改めて10月31日、丸紅の國分文也社長に質問状を出した。丸紅は9日後の11月9日になって回答をしてきた。
運転中の1号機について。
「現在運転中の案件については、契約期間満了まで各種の義務を着実に果たしていくことを大原則としています」「仮にチレボン1をPPA(電力販売契約)契約満了まで保有した場合でも2030年までの半減は実現可能な見通しです」(*3)
建設中の2号機について。
「契約等に基づく各種義務の確実な履行を通じ電力の安定供給と経済成長に寄与すべく、引き続きパートナー・関係者の皆様とのコミュニケーションを続け、案件を進めて行く方針です」
計画中の3号機はどうだろう。パートナーの韓国中部電力はすでに国会で3号機から手を引くことを明らかにした。
「発電容量半減計画の中に3号機は含まれていません。今後についても取り組み方針に沿って事業を推進します」
「同社(韓国中部電力)が撤退するか否かについて当社は直接の説明を受けていない状況です」
要するに丸紅は、チレボン石炭火力の現状と計画を、全く変える気はなかった。「大転換」に、チレボンは含まれていなかったのである。
「魚がとれず塩田は黒ずむ」
丸紅がチレボン石炭火力の方針は変えないことについて感想を聞くため、サルジュムに連絡した。サルジュムは怒った。
「チレボンの事業を継続するならば、丸紅は石炭火力に関する方針に一貫性がない」
チレボンの石炭火力発電所は、環境だけではなく、村人たちの生活も脅かしている。サルジュムはそう訴えている。
発電所がある村は、沿岸漁業や塩田が村びとたちの主な生業だった。
しかし、「発電所ができてから魚や貝がとれなくなった」と村人たちはいう。以前は小エビやミル貝が豊富で、エイのような大きな魚がとれる時もあったという。塩田も発電所ができてから、塩に茶色や黒いものが混じるようになったという。
塩田で生計を立ててきたドゥスマッドは「塩の質が落ちて、仲買人が買ってくれなくなったから塩田はやめた」と話す。
サルジュムも生計が立てられなくなった住民の一人だ。
村の海岸が観光地のように人で賑わっていたのを覚えている。子どもからお年寄りまでバケツいっぱいに貝を採っていた。「採っても採っても貝がわいてくる感じだった」
サルジュム自身は沿岸で、1日25キロから50キロの魚をとっていた。子どもは3人いるが、十分暮らしていけた。
ところが、発電所ができてからは漁に出ても1キロとれればいい方。全くとれない時もあった。
「沿岸の埋め立てや発電所からの排水で魚や貝がとれなくなったのではないか」
サルジュムはそうみている。
サルジュムは今、海に出ずに自動車修理で溶接の仕事をしているが、生活は苦しい。昔はお金がない時でも、家族の食事のための魚や貝はとれていたが、今はそれもできない。
「何とか石炭火力発電所をやめてもらえないか」
サルジュムは2017年5月、来日して丸紅やプロジェクトに融資する国際協力銀行(JBIC)に訴えて回った。国際環境NGOのFoEJapanと、インドネシアの環境NGOのワルヒ(WALHI)がサポートした。
しかし、丸紅が要求を受け入れる気配はない。
(敬称略)
【取材】
Tansa・ニュース打破(KCIJ/Newstapa)・テンポ(Tempo)
【パートナー】
国際環境NGO FoE Japan・インドネシア環境NGO ワルヒ(WALHI)
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(テンポ)
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【脚注】
*1 丸紅「サステナビリティへの取組み方針に関するお知らせ(石炭火力発電事業及び再生可能エネルギー発電事業について)」2018年9月18日、丸紅ウェブページ(2018年11月26日取得、https://www.marubeni.com/jp/news/2018/release/00036.html)。
*2 2018年11月26日現在。
*3 カッコ内はTansa。
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