コロナ世界最前線

社会活動再開のための積極的検査@米国(11)

2020年08月15日16時48分 谷本哲也

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新型コロナウイルス感染症の診断は、医師の診察だけでは限界があります。無症状から呼吸不全まで症状は非常に幅広いため、結局は検査に頼らざるを得ません。

しかし検査には、手間や費用がかかる上、結果が得られるまでの時間や精度の限界といった問題があります。

日本では、無症状の人も含め積極的に多くの人に検査を行うべきか否か、8月に入ってもコンセンサスが得られていません。そのため、遺伝子を調べるPCR検査の実施件数は、諸外国より大幅に少ないと言われています。

海外では、どのように検査数を増やしているのでしょうか。たとえば、その方法の一つとして中国や韓国などでは、プール方式という検査が導入されています。複数の人から採取した検体をまとめて測定する方法で、PCR検査の手間や費用、時間を減らし、より多くの人に検査の機会を提供できる方策です。世田谷区でもこのプール方式を導入することが報道されています。その他にも、さまざまな新しい検査方法の研究が進められています。

このように、新型コロナのパンデミックにおいて、検査のあり方は非常に重要な課題です。

今回は、米科学誌 サイエンス(Science)のオンライン版に「Radical shift in COVID-19 testing needed to reopen schools and businesses, researchers say」のタイトルで8月3日に掲載された記事を元に、米国での状況をご紹介します。

検査数4カ月で50倍増

米国は、積極的にPCR検査を進めています。より早く感染者を同定し隔離できれば、ウイルスの広がりを遅くし、学校や工場、オフィスを安全に再開できると考えられているからです。

米国では、3月中旬は週10万件程度の検査を行なっていました。それが7月下旬には週500万件と、4カ月余りで約50倍にまで増やしたそうです。

日本でのPCR検査の実施数は、3月1〜7日で約1万600件、7月30日〜8月5日で約15万5000件です。5カ月間で約15倍の増加です。

この数字からわかるように、米国は日本の3倍近い人口にもかかわらず、検査数もその増やし方も目を見張るものがあります。有事の際の物量投下に対する日米の違いは、第二次世界大戦の時と変わっていないようです。

それでも、米国での検査件数はまだ不十分だという見方を示す複数の専門家がいます。精度が不十分だとしても、より安価で結果が早く出るスクリーニング検査を、無症状の人も含めた全人口に対してどんどん実施すべきだという過激とも思える意見が出始めているのです。

PCR検査の課題①時間

PCR検査を広めるには、主に3つの課題が挙げられます。

一つめは、時間がかかることです。米国でのPCR検査は、結果が出るまで最低でも1〜2日、地域によっては2週間もかかるそうです。

最近の研究によれば、感染者が新型コロナウイルスを最も周囲に伝染させやすいのは、症状が出始める「1.8日前」ということも報告されています。症状が出てから検査し、結果がわかるまで何日もかかってしまうと、ウイルスの拡大を止めることは到底望めないことになります。これではウイルスの流行速度に追いつけるはずがありません。

ある研究者は「家が焼け落ちてしまってから消防車を呼ぶようなものだ」と皮肉っています。既存のPCR法を改良しより早く結果がわかる検査、もしくはウイルス蛋白を検出できる新規検査を、政府の援助のもと開発すべきだという声が挙がっています。

PCR検査の課題②精度

課題の二つめは、PCR検査の精度です。確かに、精度が低い検査をむやみにしても無駄だという意見はよく聞かれます。

一方で、精度が低くても、検査の頻度を増やせばいいという逆転の発想も提唱されています。

ある試算によれば、簡易検査を3日ごとに繰り返し陽性者を隔離すれば、検査しない場合に比べウイルス感染を88%も防ぐことが可能となるそうです。もっと精度の高い検査を2週間ごとにしても、半分の40%に過ぎません。

別の研究でも同様の結果が出ています。陽性者の70%しか検出できない検査での試算です。1週間ごとの検査に比べ、2日ごとに検査することによって、感染の広がりを4分の1近くまで減少させられることが報告されています。検査の頻度を増やすことで、検査の感度の低さを補うことができるというのです。

ある大学では、秋から開講するために、6万人の学生に3〜4日ごとに検査をする計画を打ち出しています。唾液を用いたPCR検査で遺伝子抽出を簡易化し、検査のスピードを早めるそうです。

なお、別の検査法の一つ、抗原検査は、PCR検査より感度がさらに低いという問題があります。PCR検査のように病原菌の成分を増幅して検出するわけではないからです。おおよそ感染者の半数、高くてもせいぜい4分の3程度しか検出できません。

しかし、この検査も繰り返し行えば、陽性者の見逃しを減らせるとされています。抗原検査で陽性になれば、PCR検査でさらに再確認もすればよいのです。

PCR検査の課題③費用

課題の三つめは、日本と同様、費用がかかることです。専用の機器や試薬が必要で、米国でも1回100ドルはかかります。

ある大学の試算では、5000人の生徒に3日ごとに80日間検査を実施した場合、150万ドルの費用がかかるとされました。いくら裕福な米国の大学でも、そう簡単に出せる金額ではありませんし、コロナ禍のため米国の大学も続々と経営難に陥っていると言われています。それでも結局は、検査にかかる費用と学校や仕事が再開できることのメリットを天秤にかけて判断するしかありません。

米国では、1〜2ドル程度でできる検査も注目を集めています。スピードを早め費用を削減するために、インフルエンザや妊娠反応の簡易検査と同じように使える抗原検査の幅広い導入が検討されているのです。唾液や鼻からの検体を用い、陽性・陰性の判定で数分以内に結果が判ります。この検査はすでに2社の製品が米国食品医薬品局で認可され、さらに数社が開発に取りかかっています。

この検査法は日本でも先日認可されましたが、その価格は1回6000円程度と米国の数十倍に設定されているようです。

検査能力増強の投資

米国では、官民を挙げて検査を広めるための動きが広まっています。

7月16日、ロックフェラー財団は国家検査プランについての声明を出しました。連邦政府が750億ドルを投じて、毎週3000万件の検査を実施することを要望しています。ただし現状、抗原検査でも、前述の2社で週300万回分しか製造能力がありません。企業としても、売れる保証がなければ増産しづらいのです。そのため、「ここはやはり連邦政府がワクチンと同じように資金面でも保証するべきだ」という意見が出されています。さらに国防生産法という法的位置付けを持ち出してもおかしくないとまで言われています。

また、米国国立衛生研究所(NIH)は、年末までに週4200万件の検査能力確保を目標に、7社に対し検査増産の成功報酬として2億5000万ドルを提示しました。

米国と日本は、新型コロナの感染状況はもちろん、社会状況も異なります。米国の事例をそのまま日本に当てはめることはできません。しかし、長引くパンデミックに対処する方法として、このような米国の状況はある程度日本でも参考になるでしょう。

    • 谷本哲也(たにもと・てつや)
      1972年、石川県生まれ、鳥取県育ち。鳥取県立米子東高等学校卒。内科医。1997年、九州大学医学部卒。ナビタスクリニック川崎、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会にて診療。霞クリニック・株式会社エムネスを通じて遠隔診療にも携わる。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所に所属し、海外の医学専門誌への論文発表にも取り組んでいる。ワセダクロニクルの「製薬マネーと医師」プロジェクトにも参加。著書に、「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館)、「生涯論文!忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり」(金芳堂)、「エキスパートが疑問に答えるワクチン診療入門」(金芳堂)がある。
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