コロナ世界最前線

治療薬「レムデシビル」の期待度は?(1)

2020年06月03日12時55分 谷本哲也

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新型コロナウイルス感染症が猛威を奮い、世界中でコロナ対策のための研究が進んでいます。一体コロナの何が分かって、何がまだ分からないのか。このシリーズでは、論文などで発表された世界最新の知見を、内科医で医療ガバナンス研究所の谷本哲也さんが解説していきます。

第1回目は、5月7日に日本でも正式に使えるようになった新薬「レムデシビル」についてです。

世界の患者1000人に試す

新しい薬が作られるとき、病気に対してどれくらい効果があるのか、副作用はどれくらいあって安全に使えるのかを試す必要があります。それを確かめる研究を臨床試験といいます。

レムデシビルでも2月下旬から4月中旬にかけて、世界各国にいる1000人の患者さんを対象に臨床試験が行われました。実施したのは、アメリカ国立衛生研究所を中心とした、各国政府系の共同研究グループです。半分の患者さんにはレムデシビル、もう半分の患者さんにはニセ薬である食塩水がそれぞれ10日間ほど投与されました。その上で、双方の患者さんたちが退院するくらいに回復するまでにかかる日数を比較したのです。

なぜニセ薬と比較したかというと、新型コロナウイルス感染症にかかったといっても、自然に治ってしまうことがよくあるからです。人間には免疫力が備わっていて、肺炎を起こしても自分の免疫力である程度回復することができます。そのため、薬を使った後に治ったように思えたとしても、薬のおかげで治ったのか、実は使わなくても自然に治ったのか、はっきり分からないことが多いのです。

ニセ薬に食塩水を使ったのは、レムデシビルが飲み薬ではなく、点滴して使う薬だからです。

薬で退院が4日早まる程度

臨床試験の結果は、5月22日に速報が論文として発表されました。論文が掲載されたのはアメリカのニューイングランド医学誌で、世界で最も権威があると言われている専門誌です。新型コロナウイルス感染症の治療薬が世界中で求められており、非常に注目を集めた研究であることがこのことからもわかります。

論文によれば、食塩水の点滴では回復するのに15日かかっていたのが、この薬を使うと11日に短くなったと証明されました。レムデシビルを使うとどうやら4日ほど早く退院できるようだ、という意味になります。

期待の新薬だと言われると、肺炎で瀕死の状態になっていた患者さんが薬を使うだけでたちどころにピンピンと元気になって元通りになる、と思われる方もいるでしょう。

ところが実際には、そのような特効薬は残念ながらあまりありません。多くの薬は、使わないよりは使った方が少し良くなるという程度のものです。今回の臨床試験の結果を見ても、レムデシビルは特効薬と呼ばれるほどではなく、一部の患者さんで治るのが少し早くなるくらいです。

軽症者と重症者には効果薄く

さらに注意が必要なのが、患者さんの状態です。今回の研究の対象になった患者さんには、入院が必要だけれども、ちょっと栄養の点滴をする程度の軽い症状の人から、人工呼吸器につながれ意識不明になるような重篤な人まで様々な重症度の人がいました。

この重症度別に細かく回復の程度を確認してみると、軽症の人ではニセ薬の食塩水を投与されても回復までの時間は薬を使った場合とあまり変わりませんでした。つまり軽症なら薬をわざわざ使わなくても自然に治るのとあまり変わらないと考えられます。

さらに人工呼吸器につながれているような人でも効果はほとんど出ませんでした。明らかに回復までの時間が早まったのは、軽症でも重症でもなく、肺炎を起こして息が苦しくなり酸素吸入がある程度必要な中等症の人だったのです。

今回の論文の結果を見ると、新型コロナウイルス感染症にかかったからといって、「何が何でもレムデシビルを使わないといけない」とはならないようです。

 肝臓・腎臓に副作用も

また薬の効果だけではなく、副作用のことも重要です。レムデシビルは副作用が食塩水と比べてすごく増えたわけではありませんが、薬を使ったせいで肝臓や腎臓が悪くなるという可能性もあります。すなわち本当に薬を使ったほうがいいのかどうかは、一人ひとりの患者さんの状態に応じて慎重に決める必要があります。

薬の値段の話もあります。単純に薬の製造コストだけを考えると、1人の患者さんあたり1000円以内で済むそうです。しかし世界中で待ち望まれる期待の薬を開発した成果を考えると、「50万円位の高い値段をつけても良いのではないか」という分析もあります。

レムシビルを作った製薬会社は当面薬を無料で配るそうですが、今回のパンデミックのような人類の危機に際して、お金儲けをすることがどこまで正当化されるのか様々な意見が出されています。

 

  • 谷本哲也(たにもと・てつや)
    1972年、石川県生まれ、鳥取県育ち。鳥取県立米子東高等学校卒。内科医。1997年、九州大学医学部卒。ナビタスクリニック川崎、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会にて診療。霞クリニック・株式会社エムネスを通じて遠隔診療にも携わる。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所に所属し、海外の医学専門誌への論文発表にも取り組んでいる。ワセダクロニクルの「製薬マネーと医師」プロジェクトにも参加。著書に、「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館)、「生涯論文!忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり」(金芳堂)、「エキスパートが疑問に答えるワクチン診療入門」(金芳堂)がある。
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