葬られた原発報道

東京地裁が認めた「新聞記者は会社員」(13)

2020年03月27日16時34分 渡辺周

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原発「吉田調書」記事取り消し事件で、木村英昭さん(現ワセクロ編集幹事)は、朝日新聞社を相手取って「記事取り消しの処分を取り消す」ことを目的に名誉毀損訴訟を起こしました。詳しくは前回の「社長がウソをつく『報道機関』との法廷対決」をお読みください。

判決は2020年3月23日、東京地裁で言い渡されました。

東京地裁は記事取り消しが正しいか間違っているかに触れることを避け、訴えを棄却しました。その理由は理解を超えるものでした。

「たとえ署名記事であっても、記事には新聞社に全ての責任があるから、記事を取り消したとしても記者個人には何の影響もなく、名誉毀損にはあたらない」

つまり「記事取り消しは会社の権利であり、それは記者個人とは関係ない」ということです。しかし木村さんの記事は署名記事であり、それを取り消されて個人の名誉に関係がないということはありえません。

「新聞記者は会社員でしかない」と司法がお墨付きを与えたことになります。

朝日による「記事の取り消し」を批判する書籍も出版された。弁護士や研究者、ジャーナリスト、市民たちが批判の筆を執った

田中裁判長「記者個人は名誉毀損の対象にならない」、証人不採用の訴訟指揮

裁判長は田中寛明判事。裁判の経過でも、原告の木村さんの証人申請を採用しないなど、記事取り消しについて判断することに消極的な姿勢でした。

判決文に書かれた、田中裁判長らの判断はこうです。

「本件各記事が原告の個人名を掲げて批判する内容を含むものとは認められない」

「本件各記事」とは、2014年9月11日の吉田調書報道の記事取り消しにあたり、朝日新聞社が取り消しの経緯を大きく伝えた記事のことです。インターネット記事も含みます。

その記事の中では、原告の木村さんの名前は掲載されていません。だから「木村さん個人の名誉を毀損していない」という理由です。

二枚舌

東京地裁の判断は、朝日新聞側の言い分をそのまま受け入れていました。

朝日の言い分はこうです。

── 吉田調書報道の記事が「所長命令に違反 原発撤退」という見出しを掲げていたことが、「読者に所員が逃げ出したかのような印象を与えた」ため記事を取り消した。取材班は吉田調書を読み解く過程で評価を誤った。取材源の保護に気を遣うあまり情報を共有していた記者が少なく、チェック機能が十分働かなかった ──

そして朝日側は「取材班」に木村さんが含まれていることを認めながらも、「吉田調書を読み解く過程で評価を誤った」のは朝日新聞社だと主張しました。

つまり、「評価を誤った」のは社としての朝日だから、木村さん個人の名誉を傷つけたわけではないという論理です。

しかしそれは、まったく現実と合わないものです。

取り消された2014年5月20日付記事には木村さんの署名が入っています。

「所長命令に違反 原発撤退」という見出しがついた1面トップの記事にも、2面の「再稼働論議 現実直視を 担当記者はこう見た」という解説にも署名があります。

読者はだれも、木村さんの記事が間違っていたので取り消されたと認識します。

さらに朝日は木村さんを懲戒処分にし、そのことを2014年11月29日の朝刊で報じています。「前特別報道部長ら6人処分 朝日新聞社『吉田調書』報道」という見出しです。

記事では「取材チームの前特別報道部員」と木村さんを特定できる形で懲戒処分を伝えています。当時の編集担当役員、西村陽一さんは木村さんを処分した理由をこう書きました。

「未公開だった吉田調書を記者が入手し、記事を出稿するまでの過程で思い込みや想像力の欠如があり、結果的に誤った記事を掲載してしまった過失があったと判断しました」

裁判では木村さんの誤りではなく、朝日新聞社としての誤りであると主張しています。しかし懲戒処分を伝える紙面では、記事を書いた木村さんらに「思い込みや想像力の欠如があった」と責任を問うています。

二枚舌です。

朝日のジャーナリスト“不存在”宣言

「記者の名誉を毀損するものではない」とする判決に反し、読者の多くは「木村記者がウソの記事を書いた」と受け止めました。

記事取り消し事件の後、木村さんはインターネットなどで厳しい個人攻撃を受けました。週刊誌などからも追いかけられ、自宅に帰れずビジネスホテルを泊まり歩いたほどです。

NHKから「取材班の木村さんと宮崎知己(現『FACTA』編集長)さんが自殺したそうだが本当か」という問い合わせが朝日新聞社にあったほどです。驚いた上司たちが確認に走ったほどです。

田中裁判長や朝日側の「個人の名誉を傷つけたわけではない」という主張は、あまりにも現実とかけ離れています。

今回の判決は、ジャーナリストにとってどんな意味があるのでしょう。

朝日は自社の記者たちに「あなたたちは全員、組織人であってジャーナリストではない」と宣言し、東京地裁がそのことを追認しました。

つまり、「マスコミ」では、存在するのは会社という組織であって、個としてのジャーナリストは存在しない、というわけです。

裁判で負けないための対策とはいえ、「個としてのジャーナリスト」を否定する組織は社会から必要とされません。新聞社やテレビ局に所属する記者たちは、今回の朝日の「宣言」と東京地裁の判決に抗うべきだと私は思います。

 

記事の「取り消し」の取り消しを

木村さんが裁判を起こした最大の目的は「記事の取り消しを取り消すこと」です。

木村さんはこう述べ、控訴します。

「吉田調書は、制御不能に陥った原発を誰が止めるのかを問題提起する一級の資料です。第一原発の所員が第二原発に撤退しているさなかに、事故後最高の放射性物質の漏洩を確認した。翌日になっても所員の8割が第一原発に戻っていないことが東電のテレビ会議で記録されている。原発で事故が起きると、そういうことが現実に起きるのです。吉田調書は、制御不能に陥った原発を誰が止めるのかを問題提起する一級の資料です」

「朝日新聞は組織防衛のため、そのもっとも重要な問題提起を抹殺してしまった。吉田調書報道の名誉を回復することで、原発を巡るさまざまな議論が活性化するでしょう。それは『記事の取り消しを取り消させる』ことでしか果たせません」

ワセダクロニクルは引き続き、吉田調書報道をめぐり朝日の社内外で何があったのかを検証していきます。

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