アリンコの知恵袋

医師と元がん患者が語る製薬マネー「権威を傘に着たステルスマーケティング」(4)

2019年11月05日15時40分 千金良航太郎

ワセクロの講座「アリンコの知恵袋」4回目は、乳腺外科医で医療ガバナンス研究所員の尾崎章彦氏と、「市民のためのがん治療の会」代表の會田昭一郎氏が登壇した。テーマは、「その薬、大丈夫ですか?~製薬マネーデータベースで見えてきたもの~」。

製薬マネーデータベースとは、ワセクロとNPO法人医療ガバナンス研究所が共同で制作し今年1月から無料で公開しているデータベースだ。医師名を入れれば、どの製薬会社からいくら何の名目で報酬を得ているかがわかる。

そのデータベースから見えてくるものとは何か?薬を処方する側の医師と、薬を服用する側の患者が語った。

尾崎氏は東大医学部卒だが、医師同士が権威を求めて争う「白い巨塔」は捨てた。東日本大震災後は福島県内の病院で勤務し、被災地の医療に献身している。

會田氏は舌がんを克服した元患者だ。セカンドオピニオンの提供を中心としてがん患者を支援してきた。投薬が命を左右する患者にとって、製薬マネーをめぐる医師と製薬会社との関係はガラス張りであってほしいと訴えた。【千金良航太郎】

「市民のためのがん治療の会」代表の會田昭一郎氏(左)と乳腺外科医で医療ガバナンス研究所員の尾崎章彦氏。両氏は「患者本位の医療」を実現するため日頃から協力し合っている

がん診療ガイドライン委員255人に年3億8,000万円(尾崎氏)

医師の薬の処方に影響を与えるものとして、疾患ごとの「診療ガイドライン」がある。大学教授や学会の幹部らそれぞれの分野の専門家が委員となって「推奨薬」を決めるのだ。医師たちは推奨薬に従って患者に処方する薬を選ぶ傾向がある。特に「町医者」にとって診療ガイドラインは「伝家の宝刀」だ。

例えばがんの診療ガイドラインの委員は、製薬会社からどれだけ報酬を得ているか?2016年度分の製薬マネーデータベースに、委員の名前を一人ずつ記入し検索していくとーー。

委員322人のうち約8割にあたる255人が計3億8,000万円を得ていた。1人当たり約150万円だ。

アメリカの研究によると、製薬会社から医師への支払いは2000円でも医師の処方が歪められる場合があると報告されている。

がんという患者の命を左右する病気においてでさえ、医師を製薬マネーが侵食しているのだ。

「講演会のパワポを医師に渡す製薬会社」(尾崎氏)

では、医師が製薬会社から得る報酬にはどんなものがあるのか?

医師個人が2016年度に得た計266億円のうち、8割超の223億円は「講師謝金」だった。講師謝金とは、製薬会社が権威ある医師に、他の医師たちに対して講演をしてもらうことへのの報酬だ。

製薬会社が開く講演会は、薬の知識を医師たちに勉強してもらうというのが名目だが、実際は権威ある医師に自社の薬を良く言ってもらうのが目的だ。講演を聴講しに来た医師が、権威ある医師の話を聞いて同じ薬を処方するようになる「宣伝効果」を狙っている。

製薬会社が講演会に使うパワーポイントを作成して医師に渡し、その内容から外れない講演を行うよう根回しすることもある。製薬会社による「権威を笠に着たステルスマーケティング」と言ってもいいだろう。

こうした副収入を年間1,000円以上得ている医師は100人を超える。ほとんどが大学教授や学会幹部だ。

1,000万円ということは、1回の講師謝金を10万円とした場合、年間100回の講演会をこなしていることになる。これで診療や研究といった医師本来の仕事がまともにできるのだろうか?

薬価に跳ね返る「講演会費用」(尾崎氏)

講演会にかかる費用は、医師への謝金だけではない。医師が遠方から来る時の交通費、高級ホテルの会場代も全て製薬会社が負担する。こうした経費を合算すると1,200億円にも上る。

薬価には、開発費だけでなく講演会の経費が上乗せされていると考えられている。薬価が高くなる要因になっているのだ。患者は知らず知らずのうちに、製薬会社の「宣伝費」も支払っていると言える。

製薬会社が開く医師による講演会は、一律禁止するべきだ。薬の宣伝は全て製薬会社員がやるべきであり、医師の講演会は参加者から費用を徴収すればいい。

投薬だけが治療ではない(會田氏)

 がんの治療には投薬以外にも、手術、経過観察など様々な選択肢がある。その中で患者にとって最適な選択を行うことが重要だ。投薬だけが全てではない。

しかし、医師の側の事情で患者が不利益を被るケースが後を絶たない。患者本位ではないのだ。

例えば診療ガイドライン。多くの医師は診療ガイドラインに従って治療を行う。だがこれは治療に関して訴訟になった際、診療ガイドラインが推奨しない治療を行っていた場合に不利になる可能性があるからだ。

診療ガイドラインに従う医師の心理を見越して、製薬会社はガイドラインを作成する委員に講師謝金などの形で多額の報酬を支払う。自社の薬をガイドラインに推奨薬として入れてもらえれば、薬の売り上げを確保できるからではないか。

訴訟を恐れ診療ガイドラインに従う医師、ガイドライン作成委員の権威ある医師に多額の報酬を支払う製薬会社。そこに、患者はいない。

「法律がない日本の透明化は不十分」(會田氏)

だからこそ、製薬会社と医師の関係は透明性が重要だ。私たちは両者の関係をチェックする必要がある。米国では製薬会社から医師への支払いが法律で義務付けられているが、日本では製薬業界の任意の取り組み。透明性確保の点から不十分だ。

投薬は、患者にとって命に関わる問題だ。製薬マネーと医師との問題は、決して他人事ではない。尾崎医師の医療ガバナンス研究所とワセクロの取り組みを、患者の側から応援していきたい。

ワセクロの「アリンコ講座」の参加者は年代が幅広く、熱心。質疑応答では積極的な質問が飛び交う

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