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世界最高峰の医学誌「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」(NEJM)に2017年、中外製薬の抗がん剤の劇的な効果を示す論文が載った。乳がんの手術を受けた後の再発リスクが30%減り、5年後までの死亡率が41%減るというのだ。日韓の患者を対象に抗がん剤の効果を試した臨床試験「CREATE-X」の結果だ。
だがこの臨床試験に紐付いて、中外製薬による資金が入っていることを、福島県いわき市で勤務する乳腺外科医の尾崎章彦(35)とワセダクロニクルは明らかにした。このことは公開されておらず「裏金」の形になっている。以下のようなカネの流れだ。
中外製薬→NPO法人「ACRO」→臨床試験を行う医師のグループ
このカネの流れについて、論文責任者がいる京都大学による調査が行われた。
ところが京大は2018年12月、仲介者のACROを調べることなく「シロ判定」を出した。CREATE-X試験の結果は、京大調査によりお墨付きを得た。
10ヶ月後の2019年10月、日本乳癌学会の理事会で、ある審議が行われた。
中外製薬の資金の受け皿になったNPO法人「ACRO」の銀行通帳のコピー。CREATE-X試験のことである「JBCRG04」に、中外製薬からの入金分が使われることを示す手書きのメモがある
「CREATE-Xの結果を踏まえて」
日本乳癌学会は一般社団法人で、会員数は全国の乳がん専門医ら9200人超だ。トップである理事長は、杏林大学医学部の井本滋教授が務める。
2019年10月4日、東京・日本橋の日本乳癌学会事務局で第153回の理事会が開かれた。その際の審議事項を記した理事会の配布資料を、ワセダクロニクルは乳癌学会関係者から入手した。資料には「審議事項」として、「乳癌術後に関するカペシタビンの適応外使用の申請について」が挙げられ、次のように書かれている。
「中外製薬株式会社からCREATE-Xの結果を踏まえて、乳癌術後におけるカペシタビンの適応外使用に関する『55年通知』について検討の依頼があった」
カペシタビンとは、CREATE-Xで試した中外製薬の抗癌剤(商品名はゼローダ)のことだ。
適応外使用に関する「55年通知対応」は、旧厚生省が昭和55年(1980年)に出した。薬の承認時には保険適用が認められなかった患者でも、その後の研究や論文で効果や安全性が確認できれば、保険の対象に含めてもいいという内容だ。
カペシタビンは元々、乳癌の手術後にがんが再発した患者に保険適用が認められている。これに対して、CREATE-Xはがんは再発していないが、再発リスクが高い人にも投与し、「再発リスクが30%減り5年後までの死亡率が41%減る」という結果を出した。
つまり、中外製薬の乳癌学会へのお願いはこういうことだ。
ーCREATE-X試験で良い結果が出たので、抗がん剤の保険適用の対象を、がんが再発していない人にまで広げるよう乳癌学会から当局に申請してほしいー
抗がん剤の投与の対象を、がんが再発していない人にまで広げれば薬の売り上げは上がる。中外製薬に利益をもたらす。
学会理事長「進行中の事案なのでコメントしない」
だがCREATE-Xには、中外製薬の資金が入っていて、そのことはNEJMの論文で公表されていない。良い結果が出ていても信頼性に乏しい。薬を投与する患者の範囲を広げてもいいのだろうか。
中外製薬からの依頼を日本乳癌学会はどう考えるのか。乳癌学会には、CREATE-Xの論文の筆者として名を連ねている理事も2人いる。ワセクロは2020年1月、理事長の井本教授にメールを送って取材を申し込んだ。
井本教授は以下のように返信してきた。
「(中外から依頼があった適応外申請の件は)保険診療委員会にて進行中の事案であり、現時点で理事長としてコメントすることがございません」
ではその後、どうなったのか。9ヶ月後の10月に再びメールで尋ねた。井本理事長からは返事がなく、乳癌学会の外山昇事務局長から回答があった。
「お問い合わせのカペシタビンの適応外使用事例申請についてですが、現時点まで申請結果について当局から通達はございません」
中外「依頼したかどうかわからない」
中外製薬はどうか。2020年2月、中外製薬の最高経営責任者、小坂達朗会長あてに質問状を出した。
返ってきたのは広報からの意外な質問だった。
「『中外が依頼した』というご質問の根拠をお示しください」
2019年10月4日に開かれた日本乳癌学会理事会の資料の中に、中外製薬が乳癌学会に依頼したことは明記されていると伝えた。翌日、回答が返ってきた。
「社内学会員を通じて資料の入手を試みましたが、理事会配布資料は会員にも公開されておらず、弊社では入手できませんでした」
乳癌学会の資料を入手しないと、自社の行動を確認できないのか。しかも社の信頼に関わることだ。
その後事実確認ができたか、中外製薬の回答から8ヶ月後の2020年10月にも聞いてみた。
広報から返ってきたのは「事実確認できない状況に変わりはございませんので、本件についての回答は前回と変わりありません」だった。
(敬称略)
=つづく
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