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日本では毎年冬場を中心に流行する季節性インフルエンザですが、今年は新型コロナのパンデミックと両方が重なるツインデミックが心配されています。
2019/2020年の冬シーズンでは、日本や台湾などでのインフルエンザの報告数は、例年より非常に少ないまま収束しました。また、流行の時期が北半球とは逆の南半球でも、オーストラリアや南アフリカなど各国でのインフルエンザ患者は、この6〜8月の報告は記録的な少なさだったようです。
しかし果たして、2020/2021年の北半球の冬シーズンも同様に、インフルエンザの流行は抑えられるのでしょうか。
季節性インフルエンザはワクチン接種によっても、ある程度予防することができます。日本では、過去5年で最大量になる約6300万人分のインフルエンザワクチンが用意されています。それでも全国民分には足りないので、10月1日から定期接種の対象となる65歳以上の人などから開始し、それ以外の人は10月26日まで接種を待つよう政府は呼びかけています。
今回は、米国医師会誌(JAMA)の9月8日号に掲載された2つの論説(What Happens When COVID-19 Collides With Flu Season?; Flu Vaccination Urged During COVID-19 Pandemic)から、新型コロナのパンデミック下におけるインフルエンザ対策についてご紹介します。
症状だけでは区別が難しい
新型コロナとインフルエンザの両方が流行した場合にどうなるのか、まだ不明な点が多くあります。しかしまず言えるのは、診断のための検査が今まで以上に重要になってくる点です。
新型コロナでは味覚障害など特徴的な症状もありますが、発熱や咳、関節痛などインフルエンザと共通の症状も少なくありません。さらに他の風邪ウイルスによる症状も似ています。
そのため、感染の原因を症状だけで診断するのはかなり難しいのです。周囲の流行状況もある程度参考になりますが、新型コロナでは治療方法や診断後の隔離方法などの対応が異なるため、結局検査に頼る場面が多くなるでしょう。
インフルエンザの場合、必須ではありませんが、回復を早めるためにタミフルなどの抗ウイルス薬を使う場合がよくあります。インフルエンザの迅速検査で陰性になっても偽陰性が2〜3割あることにも注意が必要です。そのため症状や流行状況でインフルエンザの可能性が高ければ検査が陰性でも、あるいは場合によっては検査もせずに、抗ウイルス薬を処方することがあります。
新型コロナの場合は、酸素投与などが必要になる中等症以上になると、専用の抗ウイルス薬であるレムデシビルの点滴などによる治療が行われます。レムデシビルは特効薬というほどよく効くわけではありませんが、新しい薬で生産量も限られているため、新型コロナが大流行となれば薬不足になるのでは、と心配されています。
デキサメサゾンと呼ばれるステロイドホルモンは、新型コロナの死亡率を下げられることが分かっています。ただ、インフルエンザでこの薬を使うと逆に害があると言われています。したがって、新型コロナの診断を検査で確実につけた上で、初めてレムデシビルやデキサメサゾンを使うことが重要になると考えられます。
両方同時の感染も稀にありうる
少数ですが、一度に新型コロナとインフルエンザの両方に感染する場合があることが分かっています。
2020年1月から2月に武漢の病院で行われた研究によると、554人の新型コロナ入院患者のうち、同時にインフルエンザAまたはB型にかかっていた人は11.8%だったと報告されました。理由は不明ですが同時感染した場合、12日間から17日間へと入院期間が延びていたそうです。
ニューヨークからの報告では、1996人の新型コロナ入院患者のうち、インフルエンザとの同時感染は1人だけでした。北カリフォルニアからの報告でも、116検体中、同時感染は一つだけだったと発表されました。同様に、武漢の別の病院からも同時感染は非常に稀だったことが報告されています。
しかしいずれにせよ、インフルエンザウイルスを含め、複数のウイルスに同時にかかる可能性はゼロではありません。インフルエンザと診断がついたとしても、新型コロナウイルスにも感染している可能性がゼロではないことは念頭においておく必要がありそうです。
インフルエンザワクチンは新型コロナにも有効?
ある研究によると、インフルエンザワクチンを接種しておくと、他の呼吸器関連ウイルスにもかかりにくくなる可能性が示されました。そこで新型コロナウイルスに対しても、もしかしたらインフルエンザワクチンが作用するかもしれない、という仮説が立てられ調査が行われています。
まだ正式な論文にはなる前のプレプリントという段階ですが、インフルエンザワクチンを接種した人は新型コロナによる死亡率が低かったという米国での調査結果が出ています。ブラジルの調査でも同様に、インフルエンザワクチン接種者で1、2割ほど重症化率が下がる傾向が認められたようです。
まだ厳密に認められた説ではありませんが、新型コロナの重症化を防ぐ点からも、インフルエンザワクチンを接種しておくのは悪くないのかもしれません。
インフルエンザの流行を抑えるためにワクチン接種を!
いずれにせよ、インフルエンザワクチンの有効性や安全性は長年のエビデンスが蓄積されており、秋からの接種は例年以上に重要と考えた方が良いでしょう。
ワクチンを打ったのにインフルエンザにかかった、という文句が出ることは確かに多いのですが、有効率は5割前後あるとされています。さらに、かかったとしてもインフルエンザが重症化したり、入院が必要になったりする危険性を下げられることも証明されています。そのため、高齢の方や、がんなどの持病があって免疫力が落ちている方、乳幼児や妊婦、さらにその周囲にいる方々でのワクチン接種は非常に重要です。
全体での接種率が上昇すると、インフルエンザを周りからうつされる可能性も少なくなるため、個人での予防のみならず集団での予防効果があると言われています。しかし、年齢層によっても異なりますが、ワクチンの接種率は例年5割前後に過ぎません。
普段健康な方は、ワクチンなんか接種しなくても自分は大丈夫だと考えがちです。しかし、万が一この冬にインフルエンザと新型コロナの両方が同時に流行した場合、医療機関に余裕がなくなって混乱する可能性も心配されています。ぜひ機会を見つけ、積極的にインフルエンザワクチンを接種して頂ければと思います。
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- 谷本哲也(たにもと・てつや)
1972年、石川県生まれ、鳥取県育ち。鳥取県立米子東高等学校卒。内科医。1997年、九州大学医学部卒。ナビタスクリニック川崎、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会にて診療。霞クリニック・株式会社エムネスを通じて遠隔診療にも携わる。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所に所属し、海外の医学専門誌への論文発表にも取り組んでいる。ワセダクロニクルの「製薬マネーと医師」プロジェクトにも参加。著書に、「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館)、「生涯論文!忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり」(金芳堂)、「エキスパートが疑問に答えるワクチン診療入門」(金芳堂)がある。
- 谷本哲也(たにもと・てつや)