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失踪した動燃の核科学者、竹村達也さんは1935年生まれ。存命であれば85歳だ。取材も捜査も一刻の猶予もない。
何か手がかりはないか。
例えば、竹村さん以外で、北朝鮮が欲しがるような技術や知識を持っている人物が失踪しているケースはないか。
ワセダクロニクルのメンバーは、警察庁が都道府県警ごとに情報をホームページにアップしている「拉致の可能性を排除できない事案に係る方々」を全て洗い直すことにした。
過去の新聞記事や、失踪者の拉致の可能性を調べている民間団体「特定失踪者問題調査会」の調査結果を、警察のリストに載っている人物の一人一人と照合した。
すると、専門知識を持つ大学生や大学院生、国家公務員や自衛隊員までもがいた。
大学生と大学院生は56人いる。公務員は動燃の職員だった竹村さんを含め11人。自衛官は退職者を入れると5人だ。
特に気になったのは2人の人物だ。
1人は横浜市金沢区の河嶋功一さん。警察のリストでは、失踪当時23歳で無職、身長は167㌢くらいだと記して、こう書かれている。
「昭和57(1982)年3月21日、大学卒業に伴う実家(浜松市)への引越のため、自家用車で迎えに来た両親とともに車で実家に戻る予定でしたが、急きょ電車を利用することになったため両親と別れた後、行方不明となっています」
新聞各紙の報道はもっと詳しい。例えば河嶋さんの地元である浜松市に東海本社を置く中日新聞は2014年、次のように報じている。
「河嶋さんは関東学院大学工学部でロボット制御を研究。卒業した1982年3月、横浜市金沢区の下宿を引き払った後、行方が分からなくなった」
つまり、警察は「無職」としか公表していないが、河嶋さんは大学でロボット制御を学んでいたのだ。軍事技術に役立つ可能性は十分にある。
もう1人は、鳥取県の矢倉富康さんだ。警察のリストでは職業が「漁業」。1988年に境港を漁船で出て行方不明となり、竹島沖で漁船が発見されたとしか書かれていない。
だが、特定失踪者問題調査会によると、矢倉さんは失踪する3年前まで、精密工作機械を製作する国内トップメーカーに勤務していた。海外にも出かけて技術指導を行なっていたほどだが、会社が倒産したため漁師になった。矢倉さんの両親は2007年、矢倉さんが北朝鮮関係者に拉致された疑いが強いとして、被疑者不詳のまま国外移送目的略取容疑で米子署に刑事告発している。
拉致の疑いがある人の中には、北朝鮮の軍事技術に貢献できる人材が多くいる。日本政府と警察は、そのことを分かっていながら、ぼかしているように見える。
=つづく
*北朝鮮による拉致の目的とは何か、日本は核を扱う資格がある国家なのか ──。旧動燃の科学者だった竹村達也さんの失踪事件について、独自取材で迫ります。この連載「消えた核科学者」は「日刊ゲンダイ」とのコラボ企画です。「日刊ゲンダイ」にも掲載されています。
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