消えた核科学者

大阪府警に「丸投げ」(21)

2020年05月15日12時59分 渡辺周

(読むために必要な時間) 4分40秒

警察庁が全国の警察に出した通達。拉致の可能性を排除できない事案の捜査徹底を指示している

動燃の後身である日本原子力研究開発機構(JAEA)は、竹村達也の失踪事件について何も知らなかった。

では、茨城県警はどうだろう。

竹村が失踪した時、動燃にやってきた勝田署の刑事が「北に連れて行かれたな」といったという。

しかも勝田署は「核物質を過激派から守る」ため、動燃の総務と緊密に協力していた。

私たちワセダクロニクルのメンバーは手分けして、竹村の件を知っていそうな茨城県警の関係者を探した。

メンバーの1人がある茨城県警OBを見つけた。

2013年に、勝田署の後身であるひたちなか西署(現・ひたちなか署)の署長をしていた人物だ。さらに、スパイ事件など公安事件を担当する県警本部外事課の課長も歴任している。県警の公安エリートといえるだろう。

2013年といえば、警察庁がホームページに「拉致の可能性を排除できない事案に係る方々」に竹村の情報をアップした年だ。

自宅を訪れた。メンバーがインターホン越しに取材の趣旨を伝えると、玄関にスウェット姿で現れ、取材に応じてくれた。

ーー2013年に警察庁のホームページに竹村の情報が掲載された時に、あなたは家族の了解を得る手続きをしませんでしたか。

「そういう話、全くないです。(署長という)自分の立場では、そうした書類は見る環境にあります。しかし記憶にない」

ーー竹村さんは実家が大阪で、失踪届けはお姉さんらが大阪府警に出しているようですが。

「じゃあ(事件を主に担当したのは)そっち(大阪府警)じゃないですか」

ーーでもあなたは県警本部の外事課長も務めています。動燃の警備や拉致のことは大きな関心事だったのではないですか。

「相当、興味を持っていました。今でもね。でも(竹村さんの事件では)そういうことなかったですね」

ーー竹村さんが1972年に失踪した時、勝田署の刑事が動燃を訪ねていますよ。

「ああ、そうなんですか。そういう情報は初めて聞きました。もちろん、動燃のことは警備の面では見ていますけれども、拉致問題に絡めてというのはやっていませんね。引継ぎはないですね」

ーー竹村達也さんという名前は、まったく記憶にないのか。

「ない、ない」

彼は、動燃の核技術者である竹村が失踪したという事実も初耳のようだった。

黒塗りのマル秘文書

竹村の失踪を、警察は本気で捜査していたのだろうか。

ここに、警察庁の警備局外事情報部外事課長が、警視庁の公安部長と都道府県警の本部長に出した通達がある。私が警察庁への情報公開請求で入手した。

日付は2017年1月16日。タイトルは「北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案に対する捜査・調査の徹底について」。文書には「秘」(無期限)との記載がある。

通達はまず次のように書く。

「北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案の捜査・調査については、平成21(2009)年秋以降、改めて取組が強化され、これまでに北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案に係る行方不明者の多くを国内で発見し、拉致の可能性を排除するなどの成果がみられたが、一方で、いまだ失踪理由等が判明しない事案が多数存在している」

そして「下記事項に留意の上、引き続き、捜査・調査の徹底を図られたい」と呼びかけ、3つの事項を記している。

1つ目は「捜査・調査推進上の留意点」。

その中でさらに「関連情報の収集強化と分析・検証の徹底」「各種照会の励行と指導・教養の徹底」など4つの項目に分かれている。だがほとんどが黒塗り。そうでない部分は4項目目の「家族等への適切な対応」だけだ。

「行方不明者の家族等に対しては、捜査・調査により判明した事項や進捗状況等について、捜査に支障を及ぼさない範囲で適宜説明するなど、家族等の心情に配意した適切な対応に努めること」

2つ目は「警察本部による業務管理の徹底と計画的な取組の推進」。ここは全て黒塗りだ。

3つ目は「関係機関、関係都道府県警等との連携」。

「海上保安庁等、関係機関との連携を強化するとともに、警察庁及び関係都道府県警察相互の連携を密にすること」

開示請求に対して出てきた通達は黒塗りが多く、「公開」と呼べるようなものではない。警察が竹村ら拉致の可能性を排除できない人たちの捜査をどのように進めているのか、これではよく分からない。

しかし少なくとも通達では「都道府県警間の連絡を密に」と書いてある。

それにも関わらず、茨城県警で外事課長まで務めた人物が、竹村の失踪事件があったことすら知らなかった。事実とすれば、失踪届けが出た大阪府警との連携がなかったとしかいえない。

核技術者である竹村の失踪を、警察が本気で捜査しているとは思えなかった。

(敬称略)

=つづく

*北朝鮮による拉致の目的とは何か、日本は核を扱う資格がある国家なのか ──。旧動燃の科学者だった竹村達也さんの失踪事件について、独自取材で迫ります。この連載「消えた核科学者」は「日刊ゲンダイ」とのコラボ企画です。「日刊ゲンダイ」にも掲載されています。

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