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竹村達也は京セラにも、三菱原燃にも、旭化成にも転職していなかった。
動燃の人事部が竹村の未払いの期末手当を支払おうと転職先と思われる会社に電話したところ、「そんな人は来ておりません」といわれたのだ。
転職話が本当であれば、動燃が電話をした相手の会社も竹村を探していて「うちに来る予定でしたが来ていないんですよ」と応じるはずだ。
転職の話そのものが架空だった可能性が高い。
北朝鮮による拉致は、工作員が被害者を強引に連れ去るイメージが強い。
横田めぐみさんは中学1年生の時、バドミントンの部活を終えて帰宅する途中に拉致された。
蓮池薫さん・祐木子さんら帰国を果たした拉致被害者たちも、工作員に襲われて拉致されたと明かしている。
だが、暴力的な拉致だけではないだろう。
例えば、新たな仕事を紹介するようなやり方もあったのではないか。
調べると、それがあった。
1983年に23歳で拉致された神戸外国語大生の有本恵子さんだ。
2002年3月15日の参院予算委員会で、法務省刑事局長の古田佑紀は拉致の手口について、次のように答弁している。
「(犯人は)1983年7月ころ、ロンドンで知り合った日本人留学生有本恵子さんに対して、北朝鮮で市場調査の仕事があるとうそを言いまして北朝鮮に渡航することに同意させ、その上で有本さんをコペンハーゲンで北朝鮮の工作員に引き渡した」
つまり、仕事を口実に有本さんをおびき出し、拉致したのだ。
警察よりも早くから拉致問題に取り組んできた産経新聞も、国内外の拉致被害者が仕事を紹介されて北朝鮮に拉致されたケースを紹介している。
中華料理店の店員だった原敕晁さん(当時43)は、「転職先を紹介する」と誘い出され、1980年6月に宮崎県の海岸から拉致された。
レバノンでは、「日本企業が秘書を募集している」「アラビア語とフランス語に堪能で独身であること」という嘘の求人情報に、レバノン人女性4人が応募。面接に合格した女性たちは「日本で研修がある」とだまされて、北朝鮮に拉致されたという。
竹村達也の転職話も架空だった可能性が高い。例えばこんなことは考えられないだろうか。
動燃で「左遷」されて気を落としていた竹村に、民間企業の社員を装った工作員が近づいていう。
「あなたほどのプルトニウム技術の腕があるのに、動燃は見る目がない。私たちの企業ではあなたの技術をどうしても必要としている」
自分の腕に自負を抱いている人だったらどう思うだろうか。
なぜ刑事は拉致を疑ったのか
では竹村が失踪した当時、動燃はどんな雰囲気だったのか。
茨城県警勝田署(現・ひたちなか署)の刑事は「北に持っていかれたな」といったが、なぜ北朝鮮の拉致を疑ったのだろう。1972年といえば、北朝鮮による拉致は国内で話題にもなっておらず、国民のほとんどは知らなかった頃だ。
しかも刑事は茨城県警本部ではなく、地元署の刑事だ。地元署は国際事件などより、地域で起きる刑事事件を主に取り扱う。地元署の刑事が国際犯罪を常に意識しているとは思えない。
それに対し、ヒントをくれた人物がいた。
竹村が動燃での最後を過ごした技術部の元職員だ。彼は中学卒業後、日雇いとして動燃に勤め、その後、正規職員になって労働組合の活動に取り組んだ。
その元職員はいう。
「動燃は核物質を扱う。テロリストに狙われたら大変だっていうことで、茨城県警と動燃は神経を尖らせてたんです。まあ当時は『テロリスト』って言葉はあまり使われてなくて、『過激派集団』って言葉を使っていたね」
「過激派が狙ってくるかもしれないから、『核物質防護』という口実で組合活動を監視していましたよ。動燃の総務部と茨城県警の勝田署が一緒になってやってました」
例えば、こんなことがあった。
ある組合員が茨城県外に出張に行く。するとその組合員の宿泊先の旅館に勝田署の刑事が訪ねてくる。旅館のロビーで刑事は組合員にいう。
「私と交際してくれませんか、情報を提供してもらえませんか」
取材に応じてくれた元職員も、勝田署の刑事に監視された。家に訪ねてきたり尾行されたり、そういうことがしょっちゅうあったという。元職員は笑っていう。
「私は絶えず刑事につきまとわれましたが、相手にしませんでしたよ。来ても『何しに来た、この野郎』って追い返した。『帰らなければ不法侵入で法律違反になるぞ』ってね」
プルトニウム燃料部にいた「エリート」たちも、動燃を取り巻く当時の「ピリピリした雰囲気」を語る。あるOBはいう。
「動燃で何か失敗が起きるでしょ。 そんなとき、動燃の敷地内からフェンス越しに敷地の外にいる人物に何か渡しているやつがいるんですよ。あれ大丈夫か、スパイじゃないかなんて心配していましたね」
(敬称略)
=つづく
*北朝鮮による拉致の目的とは何か、日本は核を扱う資格がある国家なのか ──。旧動燃の科学者だった竹村達也さんの失踪事件について、独自取材で迫ります。この連載「消えた核科学者」は「日刊ゲンダイ」とのコラボ企画です。「日刊ゲンダイ」にも掲載されています。
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