(読むために必要な時間) 2分30秒
中外製薬本社の近くには医薬の祖神をまつった薬祖神社がある。この界隈はかつて「薬のまち」としてにぎわった=2019年12月9日午前11時、東京都中央区日本橋室町2丁目
がん研究会有明病院の医師・尾崎章彦(34)は、乳腺センター長の医師・大野真司らが書いた乳がんの抗がん剤の効果を認めた論文(*1)の背後に、NPO法人を隠れ蓑(みの)にして中外製薬から2億円が出ているのではないかと疑い、批判する論文(*2)を医学ジャーナルに投稿した。
それが原因で2017年秋、大野センター長から3回に渡って事情聴取を受ける。
尾崎の疑念について、大野は一蹴した。
「NPOには、中外製薬以外の製薬会社からも寄付金が入っている。中外の寄付金が我々の研究に結びついているという証拠はどこにあるの?」
しかしその後、尾崎のもとに、ある情報が寄せられた。
1通のメール
尾崎が大野センター長から聴取を受けて1年後。2018年秋、尾崎医師にメールが届いた。NPO法人先端医療研究支援機構の関係者からだった。
その関係者は、尾崎医師が中外製薬と臨床試験との資金の不透明さを批判していることを知り、メールしたという。
メールにはこう書かれていた。
「そのNPO法人は、様々な製薬会社から受け取った寄付を医師に流す、いわばロンダリング法人です」
ロンダリングとは「洗浄する」という意味だ。資金の出所を分からなくするため、資金を直接渡さずに別の組織を経由することを「マネーロンダリング」という。
「やはり自分が考えていた通りのカラクリがあるのではないか?」。尾崎はそう直感した。
ちょうどその時期、尾崎は医療ガバナンス研究所の一員として、ワセクロと製薬マネーデータベースの制作に打ち込んでいた。尾崎はワセクロに先端医療研究支援機構の関係者からのメールの話を持ち込んだ。
「製薬マネーデータベースで把握できる『表の資金』だけではなく、『裏の資金』も究明する必要がある」
ワセクロは、取材を始めることを決めた。
カフェに持ってきた経理資料
情報源からのメールが送られてきてから3週間後、ワセクロは尾崎医師といっしょに、そのNPO法人の関係者と会うことにした。場所は東京郊外のカフェ。人目につかないよう、最寄りの駅から遠い場所を選んだ。
その関係者は一番奥の席に座っていた。ここでは、Xと呼ぶことにする。
Xはいった。
「先端医療研究支援機構に恨みがあるというわけではありません。患者さんに迷惑をかけるかもしれない不正を見過ごせないだけです」
そして、ある資料を差し出した。
中外製薬の資金が、先端医療研究支援機構を通じて、ヒモ付きで大野らの臨床試験に流れ込んだことを示す経理資料だった。
すごい。
私たちは顔を見合わせた。
(敬称略)
=つづく
【脚注】
*1 Masuda, Norikazu and Soo-Jung Lee eds., 2017,”Adjuvant Capecitabine for Breast Cancer after Preoperative Chemotherapy,” The New England Journal of Medicine, (Retrieved December 9, 2019).
*2 Ozaki, Akihiko, 2017, “Conflict of Interest and the CREATE-X Trial in the New England Journal of Medicine,” Science and Engineering Ethics, (Retrieved December 9, 2019).
【関連シリーズ】
▼シリーズ「買われた記事」
▼シリーズ「検証東大病院 封印した死」
▼シリーズ「製薬マネーと医師」
【関連データベース】
マネーデータベース「製薬会社と医師」
隠された乳がんマネー一覧へ