愛知県あま市森南の農業用水路で、高さ85センチのガードレールをまたいで越え、バス釣りをしていた内野翔大さん(仮名、20代)。立ち入り禁止の場所だったが、禁止の看板は9メートル離れた草の中にあり、目に入らなかった。それを警官にとがめられ、津島署に連れて行かれ、DNAを採られた。
内野さんは精神的に不安になり、その後、体調が悪化する。
「自分とは身に覚えのないほかの事件で、警察から『あなたのDNAが見つかった』と呼び出されるのではないか。警察から連絡がくるのではないか。そう考えると精神的に不安定になってしまった」
息苦しくなったり、手がしびれたり。DNAを採取されてから半年以上が経った7月には、自宅のキッチンで倒れた。
内野さんのことが心配になった両親は7月23日、名鉄木田駅のそばにある美和交番に赴いた。内野さんのことを津島署に連れていった若い警官に事情を尋ねるためだ。
DNAをデータベースから削除してもらえれば、息子の不安も治るという期待があった。
内野さんの両親が訪ねた津島署美和交番=2019年9月18日午後4時24分、愛知県あま市木田道下
「軽犯罪法なんで」
両親が美和交番に行くと、内野さんを津島署に連れて行った若い警官がいた。バイクで川端にやってきた最初の長身の警官だ。彼は上司らしき年配の男性と一緒に、両親に対応した。
若い警官は内野さんがどんな罪に当たるのかについて「軽犯罪法第1条32号に田畑等の侵入の罪というのがあります」と答えた。
さらに、その若い警官は当時の状況を説明した。
「フェンスがあって、そこに入らないでという立ち入り禁止の札があった。木曽川とか庄内川とか、普通に入れる場所だったら大丈夫なんですけど」
「まあ、息子さんの場合は刑法犯とかとは違う。軽犯罪法なんで。軽い犯罪です」
「ショックを受ける気持ちはわかります」
母親は尋ねた。
「DNAまで採らなきゃいけないほどの犯罪だったんですかね、軽犯罪法って」
警官はいった。
「まあ、犯罪として大きい小さいはもちろんあるんですけど、大小に関係なく、全員から採っています」
「全員なんですか?」
母親は失笑した。
だが若い警官はあっさり答えた。
「全員から採ってます」
父親が心配なのは、内野さんが精神的なショックを受けていることだ。そのことを警官たちに告げた。なぜその場の注意ですませず、わざわざ津島署まで4人もの警官で連れて行ってDNAを採ったのか。しかも内野さんは逃げるつもりなどなかった。
若い警官は答えた。
「息子さんが逃げるとは思っていなかったんですけど、捜査が必要なんですよ。写真とか撮ったりしなきゃいけないですし。車で来ていたので、一緒に警察署に行きましょうか、ということで他の警官の応援を頼みました」
「まあ、取り囲んでといったら、ちょっとあれなんですけど、一応、応援を頼んで。息子さんがショックを受ける気持ちはわかります」
「逮捕ではなく任意同行なので、拒否はもちろんできるんです」
「DNAを削除してほしい」
内野さんが心配していたのは、身に覚えがない他の事件で「君のDNAが発見された」と警察から呼び出されるのではないかということだ。悪意を持った人が自分をおとしめようと、髪の毛などDNAを採れるものを現場に置いてくることも考えられる。
それについて、若い警官は全面的に否定した。
「そこまでのことは考えなくていいですよ。例えば僕の指紋が殺人現場にあったとして、『何で?』ってなるとは思うんですけど、アリバイとか調べますので、冤罪なんて絶対にありません」
警官は「絶対にありません」と再度念を押した。
年配の上司らしい男性は、DNA採取の効用について語り出した。
「東日本大震災とか西日本豪雨なんかでもそうなんだけど、ご遺体を発見してもだれの遺体かわからなければ、お返しすることができないじゃないですか。だけどDNAを採っていれば照合して発見できる。今一番確率が高いのはDNAなんですから」
「個人情報だ、どうだこうだっていっても、本人さんを特定するのは非常に難しい時代なんですよ。金融機関なんかでもそうだわね。本当に必要で求めても教えてもらえない」
だが両親にしてみれば、DNAを警察に持たれている限り、息子の不安は解消しない。父は食い下がった。
「罰金ですむなら罰金をお支払いしてでも、DNAを削除してほしい。DNAが警察から削除されたら本人もきっとすっとするはずなんですけど」
それに対し、若い警官はいった。
「そこが相当気に病んでるところなんですね。その、DNAを採られたことが」
両親は取り合ってはもらえなかった。こうして、内野さんは裁判で争うことを決意した。
DNAは採取されると警察庁のデータベースに登録される。警察庁はDNAの削除についてどう考えているのだろうか。
=つづく
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