コケコッコーで目覚めると
朝5時過ぎ、泊まっている民家のニワトリの「コケコッコー」で目覚める。
そして、しばらくすると、小型機のプロペラ音が響き始める。スミフルのバナナ農園に農薬を撒く飛行機だ。
2019年8月7日と12日の朝は、私たちの頭上を行き来した。何度も往復した。朝5時半頃から数時間続いた。
バナナ農園のすぐそばには、人が暮らしている。
7日の朝、近くのフローデレス・サルバドール(50)のバナナ農園(約3ヘクタール)を訪ねた。
彼女の自宅はこのバナナ農園のど真ん中にある。5人で暮らしている。自宅の樹木の葉には、飛んできた農薬が白い斑点となって残っていた。
サルバドールは「もう慣れました。他に選択肢はないですから」。
ブラック・ファイターがやってくる
ここで収穫されるバナナはスミフルが買い取っている。土地はサルバドールのもの。彼女は契約農家として独占的にスミフルに販売している。ここでとれたバナナが出荷工場に運ばれる。
日本のスーパーで見かけるバナナは4、5本程度がパックされて売られているが、それがそのまま「木」に成っているわけではない。「木」と書いたが、見た目は「木」ようだが、実は「木」ではない。太くて大きな茎だ。10~15本の房がいくつも連なり、茎にぶら下がっている。1メートル弱の大きなひとかたまりがビニル袋で包まれ、出荷工場に運ばれる。
出荷工場で仕分けされる。全部のバナナが製品になるわけではない。傷がつくなど商品にならないものははねられ、国内用や飼料にまわされる。
スミフルからは、1箱13.5キロにつき約215ペソが契約農家に支払われる。支払いは15日ごと。直近の15日間の手取りは6,000ペソだった。
しかし、それが丸々収入になるわけではない。サルバドールの農園では4人の労働者を雇っているので、15日間で1万2,000ペソの賃金を支払う。実質的な労働日数は12日間だったので、1人あたり2,400ペソ。1日あたり200ペソにしかならない。農業労働の場合、現在の法定最低賃金は1日391ペソ(*1)なので、最低賃金も払えていない。
「1箱あたりの値段を上げるようスミフルに言っているんですが。実現していません」
スミフルの買取価格は1箱250ペソ前後というが、市場で売ると300~500ペソになるそうだ。高いときには600ペソになることもある。普通の市場に出した方が収入はいい。しかし契約農家はスミフル以外には売れない。そういう契約になっている。
監視係がバイクで農園を見回るそうだ。ブラック・ファイターと呼ばれている。
ほかでバナナを売っているのが見つかると、「スミフルのバナナを盗むな」と言われる。サルバドールは、警察に逮捕されたほかのバナナ農園主を知っていた。
日焼け防止に朝日や読売、神戸新聞も
青いビニル袋で包まれた中には、古紙が巻かれている。よく見ると、日本の新聞ばかりだった。
サルバドールの敷地の一角のベンチにも、どっさと新聞が。同じ日付の朝日新聞大阪本社発行の新聞。そして神戸新聞も。古紙といっても、一度も開かれていない。
「なんで、日本の新聞が?」。そう尋ねると、サルバドールは「1キロあたり50ペソでスミフルから買うことになっているの。市場だと1キロあたり25ペソなんだけど」。
農園には使い終わった読売新聞も落ちていたが、どういうわけか、バナナを包んでいた古紙はほとんど朝日新聞だった。理由はわからない。
別の契約農家が保管していたスミフル作成支払い明細書によると、2015年6月25日に古紙を1キロ20.13ペソで農家に売っているので、4年前よりも倍以上価格が上がったことになる。肥料や農薬などもスミフルから購入する。市価よりも高い値段だという。
生産農家は古紙や肥料、農薬など様々なものが経費として引かれ、残った手取りで自ら収穫の労働者を雇う。低賃金しか払えない。
低賃金の循環が横たわっている。
この日朝、収穫されたバナナは日本の新聞に包まれ、スミフルの出荷工場へと運ばれていった。
(敬称略、年齢は取材当時)
取材パートナー:特定非営利活動法人APLA(Alternative People’s Linkage in Asia)、国際環境NGOFoE Japan、特定非営利活動法人PARC(アジア太平洋資料センター)
〈脚注〉
*1 National Wages and Productivity Commission (NWPC), 2019, “Daily Minimum Wage Rates (REGION XI, Davao Region),” NWPC web page (2019年8月27日取得, http://www.nwpc.dole.gov.ph/sort-statistics/?sort=wages&&cat=Wages).
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