葬られた原発報道

「圧倒的に池上コラム」(3)

2019年05月03日8時01分 渡辺周

なぜ朝日新聞社は吉田調書報道を取り消したのか。そのヒントとなる言葉が、朝日新聞が取り消しがあった2014年を振り返る時に使う「一連の問題」という言葉です。

「一連」というのは、2014年に朝日新聞であった三つの出来事を指しています。

(1) 8月初旬に慰安婦報道の検証結果を掲載。その中で、1982年から掲載した記事を取り消した。「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」という吉田清治氏の証言がウソだった。だが朝日新聞はウソの証言を掲載したことについて謝罪しなかった。

(2) 9月初め、朝日新聞が慰安婦に関して吉田清治氏が証言した記事を取り消したことについて、池上彰氏が朝日新聞のコラム「池上彰の新聞ななめ読み」で、「慰安婦報道検証 訂正、遅きに失したのでは」と書こうとした。だが朝日新聞は掲載しなかった。

(3) 9月11日、朝日新聞が原発「吉田調書」報道を取り消した。

当時、慰安婦報道の検証で朝日が謝罪しなかったことに批判の火の手が上がり、池上さんのコラムが掲載されなかったことで大炎上しました。9月11日に木村伊量社長が記者会見を開くと聞いたときは、(1)の慰安婦検証と(2)の池上コラム不掲載について謝罪する会見かとばかり、私は思っていました。

ところが記者会見は、原発の吉田調書報道取り消しを発表するために開かれました。木村社長が「関係者の処罰」を言明したのは吉田調書報道の関係者についてのみです。

強烈な違和感を覚えました。それは私だけではありませんでした。

社長がいない場での本音

2014年10月6日午後2時、東京・築地にある朝日新聞本社の15階レセプションルームに、朝日新聞の社員約300人が詰めかけました。「一連の問題」について、朝日新聞の幹部たちによる説明を聞くためです。

私も行きました。なぜこんな滅茶苦茶な取り消しが行われたのか、質問するためです。

出席したのは次のメンバーです。木村伊量社長は出席しませんでした。

【編集部門】前編集担当役員の杉浦信之さん、新編集担当役員の西村陽一さん、前ゼネラルマネジャーの市川速水さん、前ゼネラルエディターの渡辺勉さん

【営業・管理部門】販売担当役員の飯田真也さん、社長室長の福地献一さん

以上の中で、吉田調書報道の取り消し記者会見に出席していたのは、編集部門の責任者だった杉浦さんです。杉浦さんは冒頭にこういいました。

「私は9月11日の記者会見で吉田調書の報道を取り消し、社長が謝罪するという中で、編集担当の職を解かれました」

「しかし、私自身の中では、9月の冒頭にあった池上コラム(不掲載)の中で、まさに朝日新聞の名誉を傷つけたことが最も大きいと感じていました」

「私自身、吉田調書で解任されていますが、私の中では現在でも、池上コラム(不掲載)が最も重大な責任であったと感じています」

私は驚きました。木村社長と共に記者会見に出席した編集部門の責任者が、「池上コラムの不掲載が最も重大な問題」と発言したのです。しかし木村社長は、池上コラムの不掲載では誰の責任も問うていません。吉田調書報道だけで、杉浦さんの解任と関係者の「厳正な処罰」を決めたのです。

「木村社長がいないところで、本音を出したな」。私はそう感じました。

販売担当の役員「池上コラムで一気に部数が落ちた」

私は杉浦さんに「なぜ池上コラム不掲載が吉田調書より問題だと思ったのか」と尋ねました。

杉浦さんはいいました。

「朝日新聞の最も大事なリベラルさ、多様な意見を載せるということを大きく傷つけたことが、私の中では最も大きな問題だと思っています」

私は再度聞きました。

「当時の編集の責任者がそう思っているのに、なぜ記者会見が吉田調書で行われたのか」

すると杉浦さんは一言。

「そこはわかりません」

私は出席した他の幹部全員にも質問しました。

「杉浦さんは、池上コラムの不掲載が一番問題だといった。出席している他の方も、慰安婦報道の検証、池上コラムの不掲載、吉田調書の三つのうちどれが一番問題か、理由とともにいってください」

販売担当役員の飯田さん: 「営業サイドの立場で申し上げると、慰安婦報道の検証ではそれほど部数が落ちなかった。一気に落ちたのは広告不掲載も含めて池上コラム問題、続いて吉田調書」「部数の問題でいうと、池上さんのことで傲慢さが出てきたということで、部数が落ち始めた」「吉田調書は取り消しがあった。当初は表現の問題なのかなと思っていた。しかし世間がみたのは、朝日新聞が取り消したこと。それは社長会見も含めてそうだ」

編集担当役員の西村さん: 「私は池上コラム見合わせの影響が圧倒的に大きいと思っている。朝日新聞は幅広い異論を積極的に取り入れて、紙面で展開することが強みだっただけに、その信用を傷つけたという非常に大きな問題だったと思う。私からいえるのは以上」

社長室長の福地さん: 「少なくとも吉田調書については、あれだけの展開をした記事を取り消したので、それをもって職を解くというのはやむを得なかったと思っている」

ゼネラルマネジャーの市川さん: 「(杉浦)編担が解任された直接の理由は吉田調書。しかし池上問題がかなり大きいと思う」

ゼネラルエディターの渡辺さん: 「現時点で軽重はつけられない」

編集の最高責任者「記者会見で初めて解任知った」

出席した幹部6人のうち4人が、「一連の三つの問題」のうち、池上コラム不掲載をあげたのです。

そこには新旧の編集部門の最高責任者も含まれています。なぜ「一番問題」と思っている池上コラム不掲載はお咎めなしにして、吉田調書報道だけで処分を決めたのか。誰が処分を決めたのか。私は、一人ずつ再度回答するよう求めました。

しかし、前編集担当役員の杉浦さんは「私自身は記者会見の社長の言葉で解任されると聞いた」、販売担当役員の飯田さんは「編集幹部の交代を決めるのは社長です」。他の幹部たちはまともに答えられませんでした。

何のための幹部なのでしょうか。私は頭に血が上りました。

「社長がいないとわからないなら社長を呼んでくれ。これだけエライ人が揃っていて、分からない、分からないといわれたら説明会を開く意味がない」

300人入っている会場からは若干の拍手が起こりましたが、ほとんどは沈黙していました。後日、「渡辺くん、あんなに吊るし上げない方がいいよ」と人事処遇を気にして老婆心からいってくる社員もいました。

それにしても不思議なのは、「池上コラム不掲載が一番問題」と幹部たちが思いながら、吉田調書報道が矢面に立ったことでした。

私はその理由を社内の有志と共に取材することにしました。

=つづく

葬られた原発報道一覧へ