買われた記事

医薬品名を出せば「報償費」/ 東京都がMSDに改善命令、西日本新聞社には福岡市が指導(12)

2018年12月27日18時36分 渡辺周

命にかかわる薬の記事をめぐってカネが動いていた。

記事がカネで買われていたことにならないのだろうか。

あたなたはそれを「記事」だと考えますか?

人の命をどう考えるのかーー。広告とは、PRの仕事とは何か。そして、ジャーナリズムとは。

このシリーズを通じ、患者やその家族の皆さんと一緒にこの問いを考えていきたい。

【動画】特集「買われた記事」ダイジェスト

新聞の糖尿病の特集記事に、特定の製薬会社の医薬品名が掲載され、その背後で製薬会社からのカネが動いていたーー。共同通信、製薬会社、電通の三者が絡んだカラクリに、ついに行政が動いた(注1)

東京都は2018年4月、製薬会社であるMSDに改善命令を出した。また、特集記事を掲載した西日本新聞には2017年11月に福岡市が調査に入り、口頭指導に踏み切った。

カネに絡んで特定の医薬品を取り上げた記事が電通・共同通信・地方紙の三者の了解のもとで掲載された。これでは、記事ではなく広告となりかねない。それを行政が確認し、警告したということだ。

しかし、そうした行政の動きは明るみに出てこない。関係したすべての当事者が口を閉ざしているからだ。読者や患者たちへの説明はなし。既成メディアの「マスコミ」は、行政から同業者が指導を受けたという事実すら報道していない。

福岡市に拠点を置く有力地方紙の西日本新聞社からワセダクロニクルに2018年12月19日に届いた回答

「共同通信企画」「共同通信配信料金・取材費用」、制作費用は計1,020万円

事件の概要はこうだーー。

電通グループの顧客である製薬会社MSDがカネを出し、報道機関である共同通信社(一般社団法人共同通信社)の子会社・株式会社共同通信社(KK共同)が作った2009年と2010年の糖尿病特集の記事を、共同通信のシステムを通じて配信し、地方紙が掲載した。掲載した地方紙には、数日後にMSDの大きな広告が掲載され、広告料が支払われた。

「時間差」で広告を掲載していたのが特徴だ。

電通グループの内部資料によると、MSDの糖尿病治療薬「ジャヌビア」に関するこの仕組みは、2009年の場合は「JV共同通信企画特集掲載」、2010年には「共同通信企画」という名前が付けられていた。

特集記事の制作費用に関して、電通側は2009年は450万円、2010年は570万円を計上していた。2010年の場合、570万円の制作費の名目が「共同通信配信料金・取材費用」と明確に書かれていた。

西日本新聞社のケースだと、広告を扱う同社のグループ会社の人間が記事を作成したことがわかっている。記事も「広告面」として指定していた。

これらのことをワセダクロニクルは、「広告面指定」「報酬を得た『記事』に医薬品名、『時間差』で広告」で詳しく報じた。

(写真説明)北海道新聞、河北新報、中国新聞、西日本新聞のブロック紙や、安倍政権にモノ言う新聞として知られる東京新聞や神奈川新聞、沖縄の琉球新報と沖縄タイムスも。しかし、読者への説明はない。外には厳しいが、自分のことになると口をつぐむのは「マスコミ」の体質なのだろうか。ワセダクロニクルの国際アドバイザリーボードのメンバーで、フリーランス社会科学者の花田達朗は日本の既成メディアを「ジパング・マスコミ」と定義。その独特な習性を「遠くの権力の動向については関心を持って書いたとしても、近くの権力のことについては見ようとしない」と指摘している(注2)

「報償費」という手口 / 医師の談話は電通が請け負い

東京都は製薬会社のMSDから数度にわたってヒアリングをした。関係者によると、都はMSDの当時の担当者2人から事情聴取をするよう要請したが、MSD側は「2人はすでに退職しており、事情聴取は拒否された」と説明したという。

「不明朗な記事」が掲載された経緯はこうだ。

(1) MSDは電通側に企業イメージ広告を出す契約をした

(2) MSDは糖尿病治療薬「ジャヌビア」の医薬品名が出る記事が掲載された時に「報償費」を電通に支払うことになっていた

つまり、広告契約には条件があり、医薬品名が明記された特集記事が掲載されると「報償費」という名目で電通側にカネが支払われる、という仕組みだ。

医者の談話は電通が請け負ったことが都の調査で判明しているという。西日本新聞社のケースでは、同紙に掲載された井口登與志・九州大学医学部教授(当時)は私たちの取材に対して、「西日本新聞社ではなく、製薬会社のMSDから取材の連絡を受け、引き受けた」「医療に詳しいライターが来るということだった。西日本新聞社の記者という認識は全くなかった」と答えていた。

カネが動いていたばかりではなく、記事作成まで電通側がお膳立てをしていたのだ。

こうして地方紙に掲載された特集を、読者は「記事」として読むことになった。

西日本新聞社の内部記録。朝刊の広告ページに原稿を掲載することを示す「朝広A」の文字がある(写真上)。「朝広A・15」の「15」は「版名」を指し、この場合は「15版」を意味している。西日本新聞社の関係者によると、西日本新聞は、締め切り時間が早い順番に、15版が鹿児島と宮崎、16版が熊本と大分、17版が長崎と佐賀と日田(大分県)、18版が北九州などの福岡県内、19版が福岡市近郊に配られる新聞を指す。18版と19版が朝刊と夕刊がセットになった新聞。この場合、15版の指定をしているということは、締め切りが一番早い版からすべての版を通して問題の特集が掲載されるということを意味するという。写真下には西日本新聞社のグループ会社である「P&C」(株式会社ピー・アンド・シー)が「作成者部署名」として記録されている。「作成者氏名」と「更新者氏名」は同一人物で、実名で記録されているが、ここではモザイクをかけて加工した

「それは記事ではない」/ 東京都は医薬品等適正広告基準に基づく改善命令

福岡市中央保健所は2017年11月に西日本新聞社の調査に入り、「記事なら記事、広告なら広告と明確にし、読者に誤解を招かないように」と口頭で指導した。

一方、東京都は2018年4月に医薬品等適正広告基準に基づく改善命令をMSDに出した。都はMSDに、報償費を出していたのならそれは広告とみられても仕方がない。記事ではないと指摘したという。

東京都健康安全部薬務課の河野安昭課長(薬事監視担当)はワセダクロニクルの取材にこう答えた。

「製薬企業が扱っているのは医薬品である。単なる商品ではないという意識を持ってほしい」

「新聞などの一般記事は、中立な立場で事実が書かれていると読者はとらえている。それをよく認識した上で情報提供し、記事を提供する側もコンプライアンスの意識を高く持ってほしい」

東京都は、MDSが事実関係を認めたので、共同通信と電通は調査はしないという。

では、当事者たちは行政からの指導を受けてどう対応するのか。それを尋ねてみた。配達記録郵便で質問状を送った。

ずらりと並ぶ回答拒否

私たちが尋ねたのは主に以下の点だ。

東京都からMSDが改善命令を受けたことへの見解を理由とともに教えてください。

西日本新聞が福岡市から指導を受けたことへの見解を理由とともに教えてください。

「報償費」については、受け取った金額の照会(表③-1)や、他にも「報償費」が支払われたケースはあるか(表の③-2)について尋ねた。

以下が回答の一覧表である。

西日本新聞社と沖縄タイムス社をのぞいて、回答してきた新聞社はなかった。共同通信もそうだ。

回答した西日本新聞社と沖縄タイムス社も、質問には「答えない」という回答だった。

西日本新聞社は福岡市から指導を受けたにも関わらず、「質問書を拝見しましたが、こちらからお答えすることはございません」とあるだけだ。

電通とMSDも同様だ。MSDは「弊社は今後も高い倫理観をもって事業を遂行して参ります」という文言を添えていた。

社長へのインタビューはすべての会社が拒否した。

【脚注】

*1 共同通信社の子会社である株式会社共同通信(KK共同)が制作した記事は、2009年と2010年に地方紙に配信された。KK共同の親会社である共同通信のシステムが使われた。KK共同は「KK共同は独自の配信システムを持っていないため、社団共同(共同通信)の配信システムを借用して当該コンテンツを配信したことは間違いありません」としている 。KK共同は共同通信の配信システムを使ったことを認めたうえで、「配信は社団共同の一般記事とは明確に区別しており、KKからの配信であることは客観的に見てはっきりと分かる形を取っていました」とも回答。つまり、KK共同の主張に立つならば、報道機関である地方紙側はKK共同が制作・配信したことを明確に認識したうえで掲載した、ということになる。KK共同2017年1月31日付回答。回答者名は金子幸平執行役員総務部長。カッコ内はワセダクロニクル。

*2 花田達朗「故・藤田博司さんの残したメール ーー〈日本版9.11〉4周年記念日に想う不可解さと違和感ーー」2018年、花田達朗ウェブページ「サキノハカ」(2018年12月26日取得、http://www.hanadataz.jp/0hk/20180914/fuzita02.html)。

*3 2018年12月27日。

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