命にかかわる薬の記事をめぐってカネが動いていた。
記事がカネで買われていたことにならないのだろうか。
人の命をどう考えるのか――。広告とは、PRの仕事とは何か。そして、ジャーナリズムとは。
このシリーズを通じ、患者やその家族の皆さんと一緒にこの問いを考えていきたい。
ワセダクロニクルは、「買われた記事」のこれまで7回のシリーズで、報道機関の共同通信(一般社団法人共同通信社)が医薬品の記事を配信すると、広告代理店の電通側(注1)から共同通信の子会社(注2)に「成功報酬」が支払われた事実を報告してきた。
それに対し共同通信は、「買われた記事」の第1回が報じられた2017年2月1日に、「重大な事実誤認がある」「事実を歪曲している」とする抗議文まで送ってきた。
私たちは、新たな事実をつかむたび、共同通信の福山正喜社長に質問状を送った。それに対し、回答してきたのは福山社長ではなく、つねに河原仁志・総務局長(注3)だった。抗議文も河原局長名だった。
その河原局長が2017年5月26日、共同通信労働組合に対して「対価を伴う一般記事」の配信を今後は廃止する方針を示した。
その事実が明らかになったのは、2017年5月27日午前(注4)、共同通信の関係者からワセダクロニクルの編集部に送られてきた「共同労組ニュース」だった。これは、労組が組合員向けに発行しているものだ。
前日の5月26日に開催された労組と会社との労使協議会でのやりとりが記載されていた。その中で河原局長は労組に対し、「対価を伴う一般記事」の配信を廃止する、と約束した。
ワセダクロニクルが入手した「共同労組ニュース」。見出しに「『対価伴う一般記事』廃止」とある。共同通信の河原仁志・総務局長(右)。河原局長は、ワセダクロニクルの一連の質問状に対する共同通信側の回答者だった (一部ぼかしを入れています)
共同通信幹部「報道機関の有り様に疑念」
「共同労組ニュース」の見出しはこうだ。
「対価伴う一般記事」廃止
労組は、ワセダクロニクルの報道が始まって以来、対価を伴う一般記事の配信を廃止するよう会社側に求めてきた。河原局長の発言は、社内調査の結果に基づき、労組側の要求に回答したものだ。以下の「PR会社」とは電通の100%子会社の電通パブリックリレーションズ(電通PR)、「KK」とは共同通信の100%子会社・KK共同(注5)、「社団」とは共同通信のことだ。
「PR会社からの紹介をKKが受けて、それを社団に紹介するまでのプロセスに、組織のガバナンス(統治)が効いていなかった」(注6)
「そういうプロセスは少なくとも外部から見て、報道機関としての有り様に関し疑念を抱かれる恐れがあると判断した」(注7)
河原局長はこれまで、ワセダクロニクルに対して次のように回答している。
「KK共同は社団共同の100%子会社ですが、紹介された内容の扱いについては一般のPR会社と同じで、社団共同編集局が取材し、厳しく見極めて『記事化する価値がある』と判断した場合に限って配信に至っています」(注8)
それが一転、報道機関として「疑念を抱かれる」と認めた。さらに今後の方針としてこう語る。
「成功報酬型のPR事業というのは完全に排除していこうということだ」(注9)
記事掲載までの流れ
「誤解を生じさせかねない」のに、社内調査結果は公表せず?
共同通信関係者によると、共同通信は、労組との2017年2月9日の団体交渉で、電通PRからKK共同に対価が支払われていることを明らかにした。翌月の3月23日にも団交が行われ、労組は第三者を入れた調査を求めたという。だが、河原局長は「調査能力に自信がないと認めることになる。自分たちには中立的に問題を処理する能力がある」と拒んだという。
労組は、社内調査の結果を公表することを求めている。だが、河原局長は労組に対してこういっている。
「調査の中身は、核心部分を皆さんにお伝えしていこうと思う。全てをつまびらかにすると、先方(ワセダクロニクル)にあらぬ誤解を生じさせかねない」(注10)
「(ワセダクロニクルは)われわれが答えていることの趣旨を必ずしも正確に反映した形で対応していただいていない」(注11)
どの記事の何行目のどこがどう「正確に反映していない」のか。
河原局長に教えてもらおうと、2017年5月29日に質問状を出した。
翌30日の河原局長の返事はこうだった。
「労組に説明したかどうかを含め、業務に関することですので回答は控えます」
同じ質問状で私たちは社内調査結果を公表するかどうかも尋ねたが、回答は上記の1行だけだった。
河原局長はこれまで、ワセダクロニクルによる福山社長への取材申し込みを断るのにあたって「当社はこれまで貴殿の取材に対し、誠心誠意お答えしてきたと考えており、今後もその姿勢は変わりません。それは取材・編集を業とする報道機関として当然のことだと思っております」(注12)と回答している。
労組にもワセダクロニクルは2017年5月29日に質問状を出し、社内調査の公表のあり方や福山社長をはじめ共同通信幹部の責任を問うた。
山口弦二委員長は翌30日、「弊組は現在、来週の代替わりに向けた準備と連日の団交などにより、業務が大変立て込んでおります。昨日いただいた質問状への回答送付はお約束できません」と書記局のメールで回答した。
KK共同を「チェック」、独立機関を設置
2017年5月26日の労使協議の模様を伝えた共同労組ニュースによると、会社側は同4月1日に「プロジェクト審査委員会」を立ち上げた。KK共同のすべてのビジネスをチェックする組織だ。独立機関であり、KK共同のビジネスのチェックは報道機関としての共同通信の信頼性を損なわないかという観点で行われるという。
ワセダクロニクルは、福山社長に対し、審査委員会の構成メンバーを明らかにしてほしいと求めた。それに対する回答は先に紹介したように、「労組に説明したかどうかを含め、業務に関することですので回答は控えます」(河原局長)だった。
そして、KK共同の金子幸平・執行役員総務部長も「株式会社共同通信社はすべてのご質問に対して回答を控えさせていただきます」(注13)と回答した。
『共同通信社50年史』(1996年)に掲載された社団(共同通信)の予算とKK共同の売上額。同書(3ページ)には「KK共同は95年度の収入見込み額が229億円と、社団年間収入の50%を超える規模に成長している。この金額を上回る収入(売上高)を確保している通信社は、世界でもそう多くはないとみられる」とある
地方紙は「共同通信に確認したが…」
ワセダクロニクルは、この創刊特集「買われた記事」を報道するにあたって、2017年1月中旬、共同通信が配信したカネがらみの記事を掲載した地方紙に質問状を出している。
「対価が支払われた記事を共同通信が配信していたことを知っていたか」
「対価が支払われた記事の掲載を今後も許容するか」――
地方紙に出した質問状のはずなのに、共同通信の河原局長が2017年1月30日、ワセダクロニクルに抗議をしてきた。
「対価を支払われた記事を配信した事実はない。それを確定した事実のように表記し、かつそれを前提として質問を組み立てていることは取材手法として極めて問題がある。こうした行為は数多くの加盟社の方々を誤解させ、混乱させるだけでなく、私どもの業務を著しく妨害している」
それから約4ヶ月後。
その河原局長が「PR会社からの紹介をKKが受けて、それを社団に紹介するまでのプロセスに、組織のガバナンス(統治)が効いていなかった」「そういうプロセスは少なくとも外部から見て、報道機関としての有り様に関し疑念を抱かれる恐れがあると判断した」(注14)と労組に説明した。
共同通信は一転して、「対価を伴う一般記事の配信を、組合(共同通信労組)の要求通り廃止する」(注15)ことになった。
地方紙は混乱していないだろうか。いまだに回答を送ってこない地方紙も複数ある(注16)。
以下に、ワセダクロニクルの1月中旬の質問状に対する地方紙の回答内容を紹介する。
電通もすでに社内規定の見直しを2017年3月30日の株主総会で表明している。しかしそれを対外的には公表していない。地方紙の多くに共通しているのは、「共同通信が対価を受け取ってはいないというのだから」と、共同通信側の説明に寄り掛かろうとする態度だ。読者への説明もしていない。
記事をめぐってカネが動いていた。それを私たちが重大だと考えたのは、患者の命にかかわることだからだ。
しかし電通も共同通信も、それによって影響を受ける患者やその家族に事実を知らせないまま、内部だけで問題の処理を進めようとしているように見える。
ワセダクロニクルでは、共同通信から問題の記事の配信を受け、掲載した地方紙に対して、読者に対する説明責任を問うていこうと考えている。
三角の形が特徴の共同通信の本社ビル(汐留メディアタワー)。KK共同も同じビルにある。電通の本社ビルもすぐ近くだ=東京都港区東新橋1丁目、2017年1月3日午後3時45分
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