薬価算定トップが1割超の新薬の審議・議決に参加できず / 製薬会社から1,000万円超受領の秋下雅弘委員長「質問に答えるのは厚労省」/ 意図的な価格のつり上げは否定(3)
2018年06月22日6時04分 渡辺周
薬の値段を決める「中央社会保険医療協議会」(中医協)の薬価算定組織の委員11人のうち、製薬会社から講師謝金やコンサルタント料などで3人がそれぞれ1,000万円超の副収入をもらっていた=以下の表参照。委員長の秋下雅弘・東京大学教授(老年病科)はそのうちの1人だ。ワセダクロニクルと、非営利活動法人医療ガバナンス研究所がつくったデータベースで判明した。
厚生労働省は、薬価算定組織の委員が製薬会社から得た金銭について公開していない。算定組織には、製薬会社から得た金銭が多額の場合は審議に参加できないなどの規制があるが、ルール通りに審議は運営されているのだろうか。
ワセダクロニクルは2018年5月13日、東京都千代田区の都市センターホテルで、学会の講演を終えた秋下委員長に会い、約45 分間にわたって話を聞いた。
ルール通りに運営されたか?
私たちの集計によると、秋下委員長は2016年度、製薬会社から講師謝金、原稿執筆料・監修料、コンサルタント料の名目で計1,157万円を受け取っている。
支払った側の製薬会社は、第一三共が562万円、武田薬品工業が240万円、MSDが100万円などだ。
薬価算定組織では、過去3年度のうち、審議に関係する製薬会社から50万円を超える金銭をもらった年度があれば、議決に参加できないという規則がある。さらに、500万円超なら審議にも参加できない。委員は、審議に関係する製薬会社からもらった金銭を自己申告しなければならない。これがルールだ(*1)。
ルール通りだと、秋下委員長の場合、第一三共が製造か販売する薬に関する審議には参加できないことになる。さらに、武田薬品工業とMSDの場合は議決に参加できない。
2016年4月13日から2018年5月16日まで、価格が決まった新薬は208あった(*2)。このうち、第一三共が製造か販売する薬は14、武田薬品工業は7、MSDは13だった(*3)。
ということは、薬価算定組織の委員長が、少なくとも1割の新薬の審議・議決にかかわれないことになる。
これらの薬の審議で秋下委員長は、ルール通りに退席したり議決から抜けたりしたのだろうか。
「退席することも結構あった」
秋下委員長は次のように答えた。
「僕ね、記憶もあんまり定かじゃないですけど、秘書が全部やってますので。秘書が全部計算しています。厚労省の方は厚労省の方で、確認をして」
「退席することも結構あったかと思います。審議に加わらない、一切」
秋下委員長が製薬会社から受け取った講師謝金など計1,157万円のうち、第一三共、武田薬品工業、MSDの3社で計902万円と約8割を占めている。
なぜこのような偏りがあるのか。
秋下委員長はいう。
「僕はプライマリ・ケアに関わっている。血圧であったり糖尿であったり、そういうようなことの集合としてやっている。つまり総合製薬会社が多くなってしまうということなんですね」
プライマリ・ケアとは、初期診療で幅広い疾患を総合的に扱う診療のことをいう。
「委員の裁量ない」「権威も何もない」
さらに秋下委員長は、製薬会社のために「値段を上げようとしたことはない」といった。
「審査って、委員の裁量ないんですよ。(薬価を算定するための)ルールががっちりしているんで。ルールを決めるのは僕たちじゃない」(*4)
「『もうちょっとこの薬高くていいんじゃない? 高すぎるんじゃない? でもルールは動かせないのでしょうがないよねって』っていう、大体その議論なんですよ」
「僕たちはもっと(薬の値段を)上げようと動いたことなんて全然ない」(*5)
審議も事務局である厚労省主導で行われるという。
「質問が出ると、(厚労省の)専門官が答える。場合によっては医療課長が。僕なんか全然いわない。間違っちゃったら困るので。細かい話で『うーん』と思いながら、後でちょっと確認することはありますけど。まあそれくらいのもんです。(算定)組織は思ってらっしゃるほど権威も何もない」(*6)
しかし、この秋下委員長の認識は、算定組織の趣旨とは明確に異なっている。
ここでもう一度、薬の値段の決まり方を整理しておく。
医師が処方する医療用医薬品については、新しい医薬品の製造販売が許可された後、中医協が価格を決める。この中医協の下部組織にあるのが薬価算定組織だ。ここで具体的な価格の算定作業を行う。
そして、年に4回程度、算定組織の委員長が中医協の総会に報告、承認を得るという手続きを踏む。
算定組織が、薬の値付けに大きな影響力を持っているとされるのはこのためだ。
しかし、その算定組織のトップである秋下委員長は、自らがトップを務める算定組織についてこういった。
「組織は権威も何もない。だから僕もすっごい絶対嫌だったです」
「質問が出ると(厚労省の)専門官が答える。場合によっては医療課長」(*7)
「厚労省任せ」であることを認めたのだ。
ということは、薬の価格は厚労省が主導して決めているということなのだろうか。
委員長に選ばれたのは「ネームバリュー」「東大教授」
審議で積極的に発言するわけでもなく、質問に答えるのも厚労省の役人という。であるなら、なぜ秋下氏は薬価算定組織の委員長に選ばれたのか。
秋下委員長はこう答えた。
「まあ、ある程度のネームバリューとか、東大の教授だとか、取り組んでいることがこういうところ(高齢者を総合的に診療する)だから、まあ少なくとも不都合はないって感じですかね」(*8)
では、算定組織の責任者である委員長は、製薬会社と薬価算定組織委員との利害関係が非公表であることについてはどう考えるのか。さらには、医師が製薬会社から多額の金銭を受け取ることについてはどう考えるのかーー。
秋下委員長からは意外な答えが返ってきた。
=つづく
*1 「審議参加に関する遵守事項」2008年(2015年に一部改正)。
*2 2016年度以降に薬価算定組織が中医協に報告した新薬をワセダクロニクルが集計した。がん治療薬「キイトルーダ」(MSD)など合計208品目が承認されている。出典:厚労省ウェブサイト(2018年6月20日取得、http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-chuo.html?tid=128154)。
*3 2016年度以降に中医協で承認された新薬を製造・販売している製薬会社をワセダクロニクルが集計した。
*4 カッコ内はワセダクロニクル。
*5 カッコ内はワセダクロニクル。
*6 カッコ内はワセダクロニクル。
*7 カッコ内はワセダクロニクル。
*8 カッコ内はワセダクロニクル。
製薬マネーと医師一覧へ