製薬マネーと医師

シリーズ「製薬マネーと医師」を始めます

2018年06月01日5時59分 渡辺周

日本には現在、30万人を超える医師がいます(*1)。講演料やコンサルタント料などで製薬会社から年間1,000万円を超える金銭を受け取っている医師たちがいました。その数は90人程度です。そうしたケースを含め、医師個人に直接支払われる金額は2016年度の1年間で総額250億円を超えていました。私たちの取材でわかりました。

医師には薬を処方する権限があります。製薬会社から多額の金銭を受け取ることで、薬の処方に偏りが生まれることはないのでしょうか。特定の製薬会社の医薬品を優先した処方になってしまうことはないのでしょうか。だとしたら、患者さんは金銭で左右された処方による医薬品を使われることになるのです。

ドラッグストアなどで市販されている薬と違い、処方箋が必要な薬のことを「医療用医薬品」といいます。その医療用医薬品は製薬会社の売り上げの約9割を占め(*2)、年間10兆円にもなります(*3)。

日本は国民皆保険です。このため、税金や公的医療保険の保険料が薬の代金には含まれていることになります。製薬会社が医師に支払う金銭は、それらの薬の売り上げ代金が元になっています。製薬会社から医師への支払いをチェックすることは、私たちの税金や保険料の使い道をチェックするということでもあります。

ワセダクロニクルはシリーズ「製薬マネーと医師」を始めます。

シリーズを開始するために、私たちはデータベースを作りました。これが私たちの取材のベースになります。

製薬会社は、医師に支払った金額を、毎年自社のホームページで公表しています。私たちは会社ごとのデータを整理し、一つに統合しました。医師名をデータベースで検索すると、どの製薬会社からいくら受領したかがすぐに出てきます。特定非営利活動法人の医療ガバナンス研究所との共同研究として作成し、公開に向けた準備を進めています。

ゲルシンガー事件で「透明化」が加速、「10ドル以上」公開に

製薬会社から医師への金銭支払いを「透明化」しようという試みが本格化したのはアメリカからでした。

1999年、ペンシルベニア大学で実施していた新薬の実験で、被験者である18歳の少年が死亡しました。担当医は新薬を開発する会社の大株主で、少年に新薬の副作用などリスクをしっかり伝えていませんでした。この事件は、亡くなった少年の名をとってゲルシンガー事件と呼ばれています。

この事件以降、製薬会社と医師との金銭が絡む関係を透明化しようとする動きが加速し、オバマ大統領が進めた医療保険改革法のもとサンシャイン条項ができました。この条項によって、製薬会社から医師への10ドル以上の金品は、医師の個人名とともに情報公開することが2013年から義務付けられました。

ところが日本ではまだまだ「透明化」とは言い難い状況です。

日本学術会議は「データベース化」提言

アメリカでの動きを受け、日本でも大手製薬会社が加盟する業界団体・日本製薬工業協会(製薬協)が2011年に「透明性ガイドライン」(*4)をつくりました。ほぼ同時に日本医学会も指針をつくり、「多額の金銭が提供されると研究成果の解釈や発表でバイアスがかかる」と、情報公開の動きに歩調を合わせました。2013年から毎年、製薬各社は自社のホームページで医師への金銭の支払い情報の公開を始めました。

しかし、製薬会社と医師との利害関係を正確に把握するには、どの製薬会社から、どの医師が多く金銭の支払いを受けているのか、それを比較することが必要です。特定の製薬会社から1,000万円をもらっているのと、10社から100万円ずつもらっている場合では、前者の方の利害関係が濃くなり、偏りが生まれる可能性はより高くなるからです。

比較するためには、医師名を入力すればどの製薬会社からいくら支払われているか分かるデータベースが必要です。

日本学術会議の臨床試験制度検討分科会は2014年3月27日、次のように提言しています。

「製薬協は、各企業が開示する医療施設・機関等、医師への支払額などの情報を、全てデータベース化する。また、各企業は、公表した全ての項目について社会から疑義等が指摘された場合、迅速に調査を行い、疑義等を払拭する説明責任を適切に果たさなければならない」(*5)

ところが、製薬協はデータベースをつくっていません。このため、ワセダクロニクルは、医療ガバナンス研究所とともにデータベースをつくることにしました。

製薬各社はデータをPDF化できないようしたり、1件ずつデータを申請させたりして、データベースの作成に際しては様々な障壁がありました。それを何とかクリアし、数十万件のデータを処理しました。データベースの作成作業にはこれまで延べ2000時間以上がかかりました。

米国とドイツの非営利型ニュース組織がデータベースを公開

こうしたデータベースづくりは、アメリカとドイツが先行しています。

いずれも、ワセダクロニクルと同様、非営利型の探査報道ニュース組織が作成しました。

そしてそのデータベースは、患者さんが自分の医師と製薬会社との利害関係をチェックできるよう、一般に公開されました。現在、誰でも簡単に利用することができます。

アメリカでは、探査報道の非営利型ニュース組織プロパブリカ です。このデータベースの名称は「Dollars for Docs(医師へのカネ)」。医師の名前などを検索窓に入れると、その医師が製薬会社からどのくらいの金銭を受け取ったのかが簡単にわかります。

ドイツでは、探査報道の非営利型ニュース組織コレクティブが「Finde Deinen Arzt(あなたの医者を見つけよう)」というデータベースを一般公開しています。「あなたの医者は製薬会社からお金をもらったか?」と読者に問いかけ、医師の名前、市町村名または郵便番号を入力して検索できる仕組みです。

ワセダクロニクルと医療ガバナンス研究所も一般公開に向けた作業を進めています。

「医師が『産業の歯車』になったら」

薬害HIVの被害者である花井十伍さんに話をうかがったことがあります。

血友病患者に投与された非加熱製剤が問題になる前のことです。血友病の子どもたち、親、医師らが、その非加熱製剤を扱っている製薬会社のサポートで、治療法を学ぶキャンプがありました。参加者の中にはその後、エイズで亡くなった少年もいました。

一緒に参加した医師は「医師も製薬会社も頑張ったのに、なんでこんなことになったんだろう」と振り返ったそうです。

花井さんはこう思ったそうです。

ーー「みんな頑張った」じゃなくて、薬害エイズは防げたんだ。誰かが処方したから薬害になったんだ。「国が薬を安全だと言った」と言い訳する医者がいるが、それなら処方権を放棄しろといいたい。

サイエンティストが自然と産業の歯車になってしまっている。構造の問題だ。医療が産業化してしまっている。薬学部の学生に授業をする時は、産業の立場に立つか、命を守るサイエンティストになるか、選択を迫られる時が来ると言っている。

確かに血友病は製薬会社の薬で改善された。そこは彼らの成果だ。だが製薬会社は有効性を証明する研究には熱心でも、副作用の研究には熱心ではない。それが産業の論理だ。薬害被害者にしたら、医者は有効性を証明している間よりも、問題が起きた時への対処で製薬会社との利害関係が効いてくる。対処が遅れ、被害が大きくなる。

国民皆保険であることは肝中の肝。適切に国民の命のために使ってるか、チェックしなければならない。ーー

医師は、患者のことを第一に考える存在であってほしい。製薬会社は医師との利害関係を透明化した上で、患者さんの命と健康を守る薬を売ってほしい。

ワセダクロニクルは、そういう思いで新シリーズ「製薬マネーと医師」を始めます。

=つづく

◆ご寄付のお願い◆データベース作成では膨大な作業時間と費用がかかっています。みなさんからのご寄付で取材と報道を続けさせてください。寄付のページはこちらから簡単に手続きできます。みなさんの温かいご支援、よろしくお願いいたします。

[脚注]

*1 厚生労働省「2016年 医師・歯科医師・薬剤師調査の概況」2016年、厚労省ウェブサイト(2018年5月29日取得、http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/16/index.html)。

*2 厚労省「平成27年薬事工業生産動態統計年報の概要」2015年、厚労省ウェブページ(2018年5月31日取得、http://www.mhlw.go.jp/topics/yakuji/2015/nenpo/)。

*3 2017年の医療用医薬品の市場規模は10兆5149億円。出典:IQVIA医薬品市場統計、IQVIAホームページ(2018年5月27日取得、https://www.iqvia.com/-/media/iqvia/pdfs/ap-location-site/japan/thought-leadership/top-line-market-data/toplinedata-cy-2017.pdf?la=ja-jp&hash=ED830A46FC2F2CA7B9AC502C5A00AE92231C638B&_=1527484029108)。

*4 正式名称は「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」。出典:日本製薬工業協会(製薬協)ウェブページ(2018年5月27日取得、http://www.jpma.or.jp/tomeisei/)。

*5  日本学術会議科学研究における健全性の向上に関する検討委員会臨床試験制度検討分科会「提言 我が国の研究者主導臨床試験に係る問題点と今後の対応策 」2014年、12頁、日本学術会議ウェブページ(2018年5月31日取得、http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t140327.pdf)。

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